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小説「灰色ポイズン」その13-診察のこと

子ども時代から何かしらの心身への虐待を受けてきた、いわゆる虐待サバイバーたちは、危機的な状況では自動的に解離して自動運転のようになる。
解離のレベルは状況や病状によるし個人差が大きいため、周囲の人にも本人にもわからないことが多い。

解離性障害にはさまざまな種類がある。
一般的によく知られているのは解離性同一障害であり、そのノンフィクション本として「イヴの三つの顔」(原題: The Three Faces of Eve)がある。この本は、多重人格障害(現在の用語では解離性同一症)を扱っており、大学の心理学科でも課題読書に推奨されることが多い。しかし、解離性障害は複雑で、マイナーな症状では本人にも気づかれないままのこともある。それどころか、精神科医であっても臨床上で解離性障害を診たことがなければわからないことも多々あるだろう。

美菜子先生は一通りの質問が終わり、私の話を注意深く聞いてうなずいたり確認したりして、大げさなくらいに私の美菜子先生を頼り受診するという選択を労ってくれた。
それは周囲の人にはわざとらしく聞こえたかもしれないが、心ここにあらずの私にとってはありがたかった。

美菜子先生の「お疲れさまでした」の声を聞いて、私はふーっと息を吐いた。すると急に力が抜けた気がした。美菜子先生は腕時計を見てつぶやくように言った。「おっと、夕方の6時40分過ぎ。もうこんな時間だわ。もう夕食の時間になってる」

「森野さん、どうかな。夕食は食べられそう?もし今入りそうになければ、後でもう一度配膳してもらえるようにアシさんにお願いできるけど」

私は我に返って、自分の感覚に意識を集中した。しかし、結局はお腹が空いているのかいないのか、自分のことなのにはっきりしなかった。「あの、美菜子先生」

声をかけたものの、どう言っていいものやらわからなかった。
「うん、どうするのがいいかなぁ?」と美菜子先生がゆっくりと答える。

私はやっと、こういう時には自分の頭にあることを全部話しても危険ではないから、実況中継のようにすればいいんだと思いついた。
「あの、私ね。空腹なのかどうなのか、自分のことなのにわからないみたい。でも一応食べてみようと思うので、食べられなかったらごめんなさい」

美菜子先生はにっこり笑って言った。
「ふむ。わかったわ。とても良い考えだと思う。食べてみて食べられたら良いし、たとえ食べられなくても、昼食を結構食べられているから大丈夫。ただ薬を飲んでもらうから、せめて二口くらいは食べてね」

私はその言葉を聞いて安堵した。そして再び美菜子先生が口を開いた。
「私もここで一緒に食べてもいいかしら?それとも一人でゆっくり食べたいかな...」

「美菜子先生さえお疲れじゃなければ、私はかまわないわ。それに急に一人にされるのもなんだか心許ないし」
と私。

「オッケー、じゃあ決まった。配膳室から温かい食事を持ってきてもらおう。今日は確か赤魚の煮付けとグリーンサラダだったと思う。ちょっと待っててね。私、院長に伝えてくるから」

彼女はそう言って立ち上がった。再びドアの閉まる音と鍵のガチャッという音が聞こえた。

私は美菜子先生が去った後、これからのことを考えていた。あ、肝心なことを聞くのを忘れてた。今夜はここ由流里病院に泊まるとして、私は今後どうしたらいいのだろう?美菜子先生は私とのインテーク面接で状況を聞いて労ってはくれたけれど、診たての話は出てこなかった。

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