小説「灰色ポイズン」その9-殺風景な部屋
目を開けると美菜子先生が顔をのぞき込んでいた。
眩しい!目にライトが当たる。とっさに顔をそむけてしまった。少し頭がフワフワしてる。起きあがろうとしたけど力が入らない。
「あら 目が覚めたようね。気分はどう?」
美菜子先生は胸ポケットに瞳孔反応を見るためのペンライトをしまいながら言った。
「気分は...よくわからない。悪くはないと思う」それだけ言うと
私はぎこちなく辺りを見まわした。なんだこの部屋。今までには見たことのない一面が真っ白な部屋だ。なんて殺風景なとこ。ここはどこ?
私はどうしたのだろう?思い返してみたけどわからない。
わからないことは平気だ。私のこの28年間なんてわからないことだらけだった。そう、わからなくても今まで生きてこれたんだから大丈夫、なハズ。
もしかしたら知らない間に母さんを刺して刑務所に入れられたとか?あ でも美菜子先生が刑務所にいるはずがない。
「驚いた?ねえ、森野さん今、あなたはどこにいると思う?ゆっくりでいいからここはどこか答えてみて」
美菜子先生は再び私に質問した。
私は、どこにいるのか思い出そうとした。確か病院の医局で美菜子先生と昼食を食べていた...はず。
「あの、良くわからないけど。ここは病院よね。私は美菜子先生とお昼を食べていたんだけど」
「ピンポーン!うん、当たり。ここは由流里病院よ」
おおよそ、ドクターらしからぬ口調で美菜子先生はそう言った。それは同級生の成田美菜子で昔と変わりのない女子中学生のような口調だった。
そして彼女は白衣の裾を捲って床に座った。何か変。そうか、私は床に寝てるのだ。正確にいうと床に置いたマットレスの上に横になっている。
「驚いた?あなたあれからしばらく眠ってしまったのよ。そして声をかけたら起きたんだけどなんだか半分寝ぼけたようになって泣き叫んで...ねえ 覚えてる?」
私はまるで幼児がイヤイヤをするかのように左右に首を振った。
「そっか。覚えてないか。心配?大丈夫よ。そんなに特別なことじゃあないわ。あなたには、なにか大変なことがあった。そして、そのストレスがピークに達していた。それで、私のところに助けを求めに来た。で、私と話をして昼食を食べた。すると、少し気が緩んで眠った。その間に錯乱したみたい。というか一種の解離状態だったのかも。というわけ」
解離状態⁉︎鍼灸師の国家試験の勉強で精神科医学分野で出てきたコトバ。
私は、頭がフワフワする感じがあると訴えた。
美菜子先生がそれは鎮静剤を注射したからそれがまだ残ってるのだと思う、と説明したしてくれた。今、夕方の5時前だからもう少したったら浮動感は取れるとも付け加えてくれた。
このフワフワ感は悪くはない。暑い夏の午後のプールの授業の後みたいな心地よいような気怠さと眠気みたいな感じがしている。
ただ、起き上がれば気持ち悪いのかもしれないけど。
私の考えたくない現実、昨日起こった嫌なことをまるで私の代わりに遠くにいる誰かが考えてくれているような気がする。
ああ でも何か慌てないといけないことがあるような...。あ 母さんに連絡して、それから明日の予約の患者さんに連絡しなきゃいけない。それにしてもこれから一体どうすればいいのだろう。フワフワと回らない頭で考えた。
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