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あんこは続くよどこまでも

 もこもこした紫色の物体。所々艶やかに輝く紫色も見える。形は楕円形。今私の目の前におはぎがある。粒あんを纏った柔らかそうな見た目で、食べてと誘っている。

 スーパーヤオコーのおはぎが美味いと聞き、買いに出かけた。わざわざおはぎを買いに行くなんて、子供の頃には考えられなかった。私はあんこが苦手だったのだ。その理由は甘過ぎるから。だけどケーキやチョコレートは大好き。更にたい焼きや大判焼きは食べていた。明らかに矛盾している。果たして私は、本当に甘過ぎるから苦手だったのだろうか。
 子供の頃、確かにあんこの甘さが苦手だった。しかし実はあんこだけではなく、和菓子全般が苦手だった。甘過ぎるからではない。本当の理由は、見た目が地味だからだ。

 真っ白なホイップクリーム。とろりと溶けるチョコレート。真っ赤なチェリー。数々のデコレーションを施された洋菓子は、とても華やかだ。また普段の食事とは異なる味わいも、食べていて楽しい。それに比べると、おはぎやせんべい等和菓子の色合いはあんこの紫に、醤油の茶色。味わいも普段の食事の延長線上に感じられた。和菓子がかぐや姫なら、洋菓子はシンデレラ。子供の私には、十二単の美しさよりも、レースやフリルをふんだんに使ったドレスの方が魅力的だったのだ。

 さて、そろそろおはぎを食べようか。箸を入れると、ご飯がねっとりと捉え重くなった。ゆっくりと切り取り、口に入れる。あんこが口の中で馴染むように溶けていく。ご飯は心地よい弾力で歯を受け止めた。徐々にあんことご飯が口の中で混ざり合う。あんこも甘い、ご飯も甘い。だけど甘過ぎない。優しい甘さが広がり、自然に笑顔が浮かぶ。

「美味しい…」

 間違いなく美味しい。絶対に美味しい。今の私はそう言える。
 歳を取ると味覚が変わる。それは若い頃に美味しかったものが、食べられなくなるのだと思っていた。いつか訪れるその変化が残念だった。だけど、そうではなかった。これは私の「美味しい」の幅が広がったのだ。
 最後の一口まで、ゆっくりと味わう。なぜあんこのふくよかで柔らかな甘さに、早く気付かなかったのだろう。私はおはぎ2個をぺろりと平らげ、歳と共に変わりゆく自分も受け止めていた。

 そう言えば、まだ食べた事のない和菓子がたくさんある。練り切りに、ようかん、あんみつ。そもそも和菓子屋に足を踏み入れた経験が少ない。今度行ってみよう。さあ、何を食べに行こうか。

私の目の前には、どこまでも続くあんこの道が現れたのだった。

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