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『文芸ムックあたらよ 第貮号・特集:青』初読感想文2 この作品のここが好き ①ファビアン『#00a0e9』 ②守崎京馬『零れ藍』 ③マルクス・ホセ・アウレリャノ・シノケス『マコンド』

「この作品のここが好き。」ということで。
『文芸ムックあたらよ 第貮号・特集:青』で好きだなと思った作品の感想を。
 
 批評とかではありません。
 あくまでも私がいいなと思った作品の、好きなところをお話したいと思います。

 三つの青の変奏を。



1 ファビアン 『#00a0e9』


 ある日スーパーマーケットで買い物中。
 買おうと思った赤ピーマンと黄ピーマン(本当はパプリカなのですが)がなんとなく青く見えてきて。時間が経つほどにそれはどんどん青さを増して。そのうち他の食材まで青くなっていって。でもそう見えるのは自分だけ。
 という不思議な現象を体験する女性の物語。

 私がこの作品のいいなあと思ったところは。

 ① 幸せな家族のささやかな日常の描写。

 まず読んでいてすごく楽しかったのは。
 日常のささやかな出来事がユーモアを交え丁寧に綴られていくところです。

 いわゆる普通の穏やかな家庭を持つ女性。
 ささやかだけど、でもありきたりというのとはちょっと違う、楽しい日常。

 
 最近息子がゲーム中に暴言を吐くようになって困っている「私」。
 よくある反抗期だからとママ友に言われたけれど、なんとかやめさせたい。
 そこで彼女は、息子が何をしたら暴言を吐くのか実験(!)します。ゲーム中の息子の前をわざと掃除機で横切っちゃいます。

「掃除機通りま〜す」

『文芸ムックあたらよ 第貮号・特集:青』p.178上段

 なんだか楽しそうです。

 朝ごはん。
 娘が卵アレルギーなので、卵ありとなしのマヨネーズを使って二種類作る卵ペーストをカリッと焼いた食パンに挟んで作る卵サンド。(美味しそう)

「面倒だけど、こういうのも家族を持つ幸せに含まれているのだろう」

同上 p.180 下段

 なんて「私」は思ったり。

 息子が小学校の時。
 宿題せずにゲームばかりしていた彼に腹を立た「私」は、お弁当を日の丸弁当(ご飯の真ん中に梅干しを一つだけ、のあれですよね。)にして渡します。
 すると国旗好きの息子に喜ばれてしまって。
 その後、国旗シリーズのお弁当をつくることになってしまいます。
 でも「私」は

大変だったけれど楽しい日々だった。

同上 p.190 上段

 なんて。
 
 反抗期でゲーム中暴言吐くけど寝顔が可愛く、起きたばかりの「おはよう」も可愛く、妹にお風呂の順番を譲ってくれる優しい息子と。
 夕ご飯はナポリタンだと聞いて「ナッポリタン♪ナッポリタン♪」と独自のリズムで歌い、踊る可愛い娘と。
 運転すると息子と同じように暴言を吐くけど、疲れている私に代わってナポリタンを作ってくれる優しい夫。
(「私」は夫をゆっくり寝かせてあげられるように、と、掛け布団は別々にしています。そうすると自分と子供の分だけ干す事もできるから。)

 日常生活がさりげない工夫や創意にあふれ、ユーモアもあって。
 一緒にいれば色々あるけど、そこには家族への信頼感というか愛情というかが滲んでいて。

 読んでいてすごく楽しかったです。


 ② 青もいろいろ

 さて。問題の青ですが。
 パプリカから始まり、卵の黄身、白身。赤魚。白ごはん。
 そのうち食材だけにとどまらず、「私」の見るものはどんどん青に変わっていき、事態はどんどん深刻に。

 でも彼女。
 カラーコーディネーターなので色に詳しく、意外と冷静に、自分の見ている青が何色なのかと考えたり。
(題名の#00a0e9はシアンという青のカラーコードだそうです。)
 
 相談に乗ってくれた友人も彼女に負けず劣らず賢くて冷静で、「私」の症状を分析し、むしろちょっと面白がっているくらいで。
(「ドラえもんの青」には笑ってしまいました。でもわかりやすい!)

 奇妙な事態に驚きつつも、真相を探るため試行錯誤していく二人はちょっとかっこいいです。

 結局お医者さんから、青色にまつわるトラウマが原因なのではと言われ。
(「進行性色偏症」?って作品のオリジナルですよね? PCBとか書いてあって思わず調べてしまいました。違っていたらごめんなさい。)

 トラウマを調べようと、幼い頃になりたかった青レンジャーの衣装を取り寄せて着てみるところも笑ってしまいました。


 ③ 辿り着いた青は

 真相はネタバレになるのでここでは書きませんが。

 最後に辿り着いた青は美しく。
 深く。あまりにも深く。

 「私」に繋がる大切な物語でした。


 読み終えて。
 ここまで描かれてきた普通の家族の物語が、ささやかな日常が、ぱあっと脳内に広がりました。
 どの場面も宝物のようなかけがえのないもので。
 愛おしく、切なくなりました。

 ステキなお話でした。


2 守崎京馬 『零れ藍』

 明治の末。播磨の藍の染物師のお話。
 母親代わりで働き者の美しい姉。姉を慕う弟。
 成長した姉は嫁いだものの、しかし何があったのか、数年後返されてしまう。
 父は姉を許さず、家にも入れない。
 なんとか生きる術を探すため家を出ると姉から告げられ弟は…。

 

 ① 美しい文体

 町の小さな紺屋(こうや)の元で、明治二十年八月に、生まれ落ちた忠助は、何知るわけでも無いままに、淵が瀬になる道理に辿り、親の身のほどそのままに、染師を継ぐに疑問はなかった。

同上 p286 上段

 冒頭から数行読んで、あれ? となりました。
 これもしかして。と指を折って数え、びっくり。

 ほぼ全文に七五調というのでしょうか? が頻繁に現れます。
 その区切りには読点が打たれ、リズミカルに言葉が頭の中を踊ります。
 使われている言葉も古文調というのでしょうか。今ではあまり使わない流麗で美しい表現ばかりで。
 ため息が出るような美しい表現に軽やかさが与えられ、音楽のように歌うように頭の中に入ってくる。普段は見慣れない字面も美しく。

 著者の自己紹介のところで泉鏡花と雨月物語と新古今和歌集がお好きと書かれていて、なるほど。と思いました。

 ② 説明も美しく

 明治という時代とか、染物師の知識とかも詳しく興味深いです。
 当時の染物屋さんの事情とか、思った通りの色を出すことの難しさとか。

 息を得た藍が甕の中、海を深めて満ちている。そこに初めて忠助が、布地の切れを入れた時、藍はたちまち怒りだし、革の破れた鼓(つづみ)のように、わずかも染まりはしなかった。

同上 p.289 下段

 でも先ほどお話しした文体で描かれるので、単なる説明に終わらず、その設定までも深みを感じさせるというか。

 物語世界が常に不思議な美しさに彩られていて魅力的です。

 

 ③ 姉と弟

 何よりもこの物語が私の心に強く訴えかけたものは。
 あまりにも過酷な姉たづの生涯。

 たづは、二人の弟を亡くし、母を亡くし、幼くして忠助を育てる苦労を背負い、家の仕事に若い体をすり減らせ、一度しか会わない男の元に嫁がされ、そこで暴力を受け──中略──今度は父に怒鳴られ、蔑まれ、また殴られ、そして忠助とようやく安堵を得たと信じた矢先に、この病である。

同上 p.297 上段

 容赦なく次々と襲う不幸。
 姉は病のため痩せこけ、老婆のようになってしまいます。


 かつて美しかった姉の髪が、病で抜け落ち、乾き切って艶もないのを弟は悲しみ、手にしたそれを思わず舐める。
 その時その髪の苦さに驚き、ようやく弟は彼女の本当の苦しみを知る。

一人の女のその細身に、とても耐えられないような、山積もりの不幸を背負い、それながら恨みもなく、いつも穏やかに、忠助の想いを受けていた。抜け落ちた枯れ髪の苦さは、たづの人生の苦しみだった。

同上 下段

 姉は人を恨むことなく、涙も見せず、弟を思いやるばかり。
 怒りも不平も表さない。
 こんな状況にあっても彼女の本当の苦しみは苦い髪だけにしか表れない。
 彼女の心根はずっと美しいまま。

 その姿は崇高にさえ思えて。
 強く心に残りました。

 また、彼女が病のため不快な状態になった自分を恥じらうセリフがあるのですが。
 その姿が可愛らしくも切なく、哀れで。
 思わず涙がこぼれました。


 そして考えました。
 弟があれほど姉の美しさにこだわった理由を。

 こんなにも心の清い姉が醜くなるのは理不尽で残酷過ぎる。
 あまりにも酷い。
 だから姉の美しさが少しでも失われるのは到底彼には耐えられないことだったのではないだろうかと。

 優しく崇高な姉の、本来の美しさを守りたいという気持ち。



 そして弟は、姉に似合う羽織りを染める。
 それは透き通る薄い藍色。
 その色を出すことは難しく。稀有なもの。

 姉を慕う弟の染め上げる淡い藍染の美しさ。
 だからその藍色は人の心を打つのだと。

 本当に忘れ難い物語です。
 私は時々思い出し、今でも胸が苦しくなります。


3 マルクス・ホセ・アウレリャノ・シノケス 『マコンド』

 題名は「マコンド」。
 著者はマルクス・ホセ・アウレリャノ・シノケス氏。

 もうピンときた方も多いのでは?

 そう。『百年の孤独』ですね。

 去年、第一回あたらよ文学賞の大賞を受賞された著者。
 その自己紹介にガルシア・マルケスがお好きだと書いてあったので。
 文芸ムックあたらよ二号の目次を見て、私は密かに楽しみにしていました。

 「百年の孤独」。
 私も去年読みました。
 とにかく面白くて読む手を止められず、一気に読んでしましました。
 すごく好きな作品になり、このnoteに初読感想文を書いたほど。
(よかったらそちらも読んでいただけると嬉しいです。いずれ再読感想文書きます。)

 さて。
 こちらはどんなお話かというと。

 1月の末。公民館。外は雪。茶色くなった雪のついた長靴。巨大な石油ストーブ。手編みのセーターとニット帽の顔見知りの村人たち。若者は「僕」だけで。
 バス停に貼られていたポスターは「コロンビア・その摩訶不思議な世界・無料独断公演」。
 痩せぎすの大きな男が現れ話し始めるが、「僕」以外誰もピンときていない様子で…。


 ① 青と黄色

 男はガルシア・マルケスが好きで、作家の生まれた村を訪れました。
 そこは偉大な作家を生み出したこと以外、何もない村。
 でもそこで彼は不思議な黄色い蝶を目にします。
 どうやらそれは隣町の魔術師の仕業らしい。そこで男はその魔術師に会いに行く。すると、魔術師の家の中は海の底かと思うほど青で満たされていて。

 村に立つ家の壁の白さとか、隣村のパステル調の壁とか、魔術師の家の内部の青とか。不思議な黄色い蝶とか。
 男の語る世界は視覚的に楽しいです。
(雪の降る寒い一月の公民館はそれに比べてちょっと色的に寂しい? 対比されているのかも?)
 
 テーマ青と鮮やかな蝶の黄色は補色関係ですし。
(百年の孤独の黄色い蝶ですね。)

 テーマとマルケスの繋げ方がオシャレだなと思いました。


 ② 語り口 まるでお伽話のような

 前回の予告でも言いましたがこのお話は。

 コロンビアでマジックリアリズムを実現させる魔術師。
 に出会ったガルシア・マルケス好きの男性。
 が日本の公民館で講演するのを聴きに行った僕。
 が体験したちょっと不思議なお話。

 という入れ子構造みたいになってます。
 こういう感じ、かなり好きです。
 
 さらに、日本中を歩いて公民館などでお話ししているという男の話はかなり砕けた語り口調なので。

「さて皆さん、突然ですがね、コロンビアという国を知っていますでしょうかね。いえ知らない方が大半でしょうか。南米にある国でしてね、最近ですと珈琲やらサッカーで名前を聞いたことがある方もいるかもしれません。──後略」

同上 p.194 下段

 聞いている方は全く縁のない遠い国の話なので、まるでおとぎ話を聞かされているように感じられるかも。

 ちょっと不思議だけど。あり得る?
 いややっぱり変なおじさんのほら話?

 などと思えて楽しいです。
 話を聞いていた「僕」も、魔術の話を「まゆつばもの」と判断します。

 でもお話はほら話でも楽しい。
 というよりほら話くらいの方が楽しいですよね。

 私もとても楽しく読んだのですが。


 ③ 洒落たラスト

 ラストはネタバレになっちゃうので言えませんが。

 私はてっきり「そのもの」ズバリが出てくると思ってました。
 
 でもワンクッションあって。
 小瓶の伏線も回収して。

 なるほどさすがだなあと思いました。
 そのほうが洒落ていていいなと。

 そして「百年の孤独」。
 再読したくなりました。


 というわけで。
『文芸ムックあたらよ 第貮号・特集:青』の。
 この作品のここが好き。でした。

 気になった方はぜひ。
 あたらよ二号をお手に取っていただければ嬉しいです。

 拙作『降る雨の如く』(渡良瀬十四)もよろしくお願いします

 


 さて。次回ですが。

 去年からずっと言っていたアガサ・クリスティー再読感想文をそろそろ初めようかなと思ったのですが。

 なんと今。
「『東京創元社 復刊フェア2025』恒例Webアンケート」。
 なるものをやっているとか。
 
 ということで次回は。
「東京創元社 復刊フェア2025」恒例Webアンケートのための未読感想文。

 また未読ですみません。
 今数えたら結構あるので前後編になるかもしれません。

 ちなみにアンケートの締め切りは1月23日なので記事の公開前に終わってしまいます。
 今週の木曜までです。

 よかったら皆様もぜひ。


 次回。
「東京創元社 復刊フェア2025」恒例Webアンケートのための未読感想文
 2025年1月28日公開予定。


 

#読書感想文

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