星と鳥と風~7 神様からのプレゼント
音楽を奏でる事は最高な気分にさせてくれる。
小さな僕にとって
【音楽】
は神様からのプレゼント
だと信じて疑わなかった。
小学校6年生の僕らは無我夢中で練習をした。
その少し前に僕は
3年程続けたサッカークラブを脱退していた。
【理由は隼人だ】
隼人は頭も良かったが
運動神経も抜群に良かった。
そして何よりサッカーセンスがずば抜けていて
毎年県の選抜にも選ばれていた。
僕はというと
足はそれなりに早かったが
サッカーのセンスどころか
ルールさえ覚束ない程度で
ベンチを温めている時間の方が長かった。
さらに、その時の監督が苦手だったし、
練習も苦痛でしかたなかった。
僕がサッカークラブに所属している理由は
【隼人と一緒にいたかった】
今考えても、ただこれだけの理由だったと思う。
ただ隼人と僕はこの辺りから
いろんな事を経験していく中での一番身近な
【ライバル】として意識し合っていたし
僕の負けず嫌いも
この頃には頭角を表し始めていた。
サッカーを辞めようと、何回も考えたが
僕には辞める理由が見当たらなかった。
[今思うと十二分にあるけどね]
そこで僕はSに1対1の勝負を仕掛ける事にした。
練習が終わり
みんなも帰って
日も落ちかけている夕方だった。
おい!隼人!俺とお前
サッカーでどっちが強いか勝負しようぜ!
(そんな事言うの初めてだった)
「望むところだ」
彼は、ニコニコしながら勝負を引き受けてくれた。
そして、隼人と僕の真剣勝負が始まった。
見届け人は物語りの後半で出てくるであろう、隼人の弟、圭介である。
内容もなにも
結果僕がボコボコに敗れ散った。
差があるのは分かっていたが
まさかここまでだとは思ってなくて
僕は人生で初めての【敗北】を味わった。
それから、サッカー部を辞めて
やさぐれた僕は
ポテチやアイスをアホのように食べて
ぶくぶく太っていった。
(食べすぎてじいちゃんに取り上げられる程だった)
そんな中で見つけた音楽という趣味が
同時に、敗北感からも救ってくれた。
僕らはコピーバンドだったのだが
卒業発表会で演奏する曲は全てヒロトが決めていた。
一つ目はHi STANDARD の【Dear My Friend 】
二つ目はThe Yellow monkey の【球根】だったのだが
これが今考えても、良い選曲だったと想う。
どれも僕がボーカルも担当していたので、ベース以外に歌詞も覚える必要があったし
【Hi standard 】の歌詞は全て英語だったのだがやればやるほどに覚える事に楽しさや情熱が産まれた。
本来そんな気持ちになれるものや、仕事
周りの人達といるべきだが
大人の曇ったメガネでそれを選び取ることは
時に、【勇者並に勇気のいる事だ。】
と
この社会に【洗脳】されている。
いつだって、何歳でも、何か好きな事に向かうのに遅い事なんてないはずだ。
ほんの少しの勇気さえあれば。
自分の心を殺してまで
報われるはずもない場所に止まらないでほしい。(これは自分への言葉)
好きな事
情熱がある事
無心でできる事
人の役に立つ事。
この4つは大人になればなるほど薄汚れて
忘れていくけど
今こうやって文字を起こしていると
本当に僕にとって大事な事の基盤はほぼ10代で出来上がっていたのだなと
今更ながらに感じる。
そんな
【青い炎】
に包まれた青春は
一つ瞬きする間に
風のように過ぎさっていく。
だから一瞬一瞬を大事に生きようね。
そんなこんなで僕らは卒業式を迎えた。
6年間を共に過ごしたみんなは
それぞれに華やかな衣装に包まれて
どこか大人らしく、誇らしかった。
校長先生の挨拶の後
運動会で応援団長もしていた事もあっての事なのか、何故か僕が卒業生を代表して作文を読んだ。
何を読んだか全く覚えてはいないが、式自体は最高なものだった。
そして各々がクラスに戻り
父や母に6年間、いや、産まれてから今までの感謝を伝えた。
それはそれは素晴らしい瞬間だった。
担任の先生の熱い言葉も頂き
クラスの卒業発表会の出し物が始まった。
各々が3人1組のグループとして出し物をするのだけど
僕は緊張で皆んなが何をしたかを全く覚えていない。すまん。
そして