ショートショート 『その女、ずぶ濡れにつき』
夜になると月や星が見えて
あなたの隣にはあなたを想う私の気持ちがあって
距離感を間違えて嫌われてしまいました
私はもっと仲良くなりたかったな
人としての格が違うと関わってはいけませんか
あなたの踊っている姿が素敵です
気にするところと気にしないところが正反対ですね
あなたが私を弱いと思っているように、私もあなたを弱いと思っています
その服はどこで買いましたか
知らない方が好きでいれるかな
「すごい良かったです」
僕は、DJプレイをし終わり店の外に出てタバコを吸っている彼女に声をかけた。
「ありがとうございます」
彼女は少し身を固めて、深々とお辞儀をした。
「ヒップホップ好きなんですか?」
僕がそう聞くと、彼女は、全然詳しくないんですけど、好きな曲をかけてます。と言いながらさらに細かくお辞儀をした。急に話しかけられて緊張しているのか、タバコの灰を落とすのを忘れて長くなりすぎた先がポロッと真下に落ちた。
「前にこの店に来た時もいるのを見かけて、その時に爆踊りしてたのを見て。女の人があんなに踊ってるの見たの初めてだったんで嬉しくなりました。今日DJしてるのを見てなるほどって思って」
彼女は、一番前で踊ってくれて私もDJするの楽しかったです。と初めて少し微笑んだ。
それが初めて彼女と話した日だったが、2回目に話したとき、彼女は全く別人に見えた。それまでは寒い季節だったのもあり、ピッタリした上下黒のシックな服装だったが、その日は、僕が別の店のフロアで踊っていると、上下白の中学生のバスケットの練習着のような半袖半ズボン姿で現れて、今日の目玉のDJがかけるテクノに合わせて踊り出した。その瞬間に、明らかにフロアの雰囲気が変わるのが分かり、僕はそれまで自分が周りの目を気にして踊っていたのだということに気付かされて恥ずかしくなった。僕は、彼女の勢いに乗っかる形で、それまで限界値だと思っていた自分のエネルギーの1.5から2倍の出力で踊った。実際にスコーンッと突き抜けるような音が鳴った気がした。
メインのDJの出番が終わり、踊り疲れた僕が店の外に出ると、彼女が、通りから地下に降りてくる店の入り口の階段に腰掛けてタバコ吸っていた。
「お久しぶりです」
僕が彼女の方に近づくと、彼女から声をかけてくれたので、僕も、お久しぶりですと返した。
「さっき池に落ちて、ずぶ濡れなんです」
彼女がそう言って、テロテロの半ズボンの先をつまんで振って見せた。僕は、どういうことですか?と笑いながら聞く。それまで気づかなかったが、確かに良く見ると全体的に服が濡れていた。
「椅子だと思ったら池に木が浮いてるだけで、座ったら池に落ちちゃったんです」
ちょっとよく分からないです。
「池のほとりに木があって。さっきそれに座ったら池に落ちたんです。椅子かと思って」
さっき、って言っても夜中ですよね。一人で池にいたんですか?
「一人です。飲んでて、木に座ったら落ちっちゃって」
誰かに見られなかったですか?
「犬の散歩してる人に見られました」
それは恥ずかしいですね。
そうなんです
と言いながらも、ちっとも恥ずかしそうにしない彼女に僕は恋に落ちた。
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