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小説 『まともな人』 おしゃべりな男の子

 私がこの場所に転勤してきた初日に面白い子に会った。
 人材派遣会社に入社した時から私はずっと人事部で、基本的な業務は、事務所で作業する委託業務員の人たちの管理をしたり、作業を手伝ったりすることだ。

「おはようございます。ツジと言います。この事務所での勤務は初めてなのでご指導よろしくお願いします」

このビルの全ての階が年金事務所になっていて、私が働いている会社に登録している委託業務員たちがここで作業をしている。私はその一階の管理をすることになり、合計三十名ほどがいるフロアの人たちが見つめる中、朝礼で私は挨拶した。

 ここに来る前に三年間配属されていた福岡は私の地元で家族や友達もいるので気に入っていたけど、ここ香川の別の事務所には一年だけいたことがあるし、初めに配属された岡山で一緒になり仲良くなった同期の数人も今は香川にいるのでそこまでがっかりはしなかった。

「この人、フルカワくん。イケメンでしょ」
十七時ごろ、チラホラとスタッフ達が退勤しだす中、この部署に私より前からいる四十歳くらいで背が高いマツダさんが、退勤しようとする男の子を捕まえて紹介してきた。私とマツダさんは、このフロアの入り口近くにある机に座って作業していたので、出勤、退勤する人とはいちいち挨拶することになる。私は人とコミュニケーションを取ることは嫌いじゃない。でも、覚えることだらけの中で毎回挨拶するのはちょっと面倒に思った。

「あ、よろしくお願いします」
少し長い髪をくるくるパーマにしたフルカワくんがそう言ってから数秒マスクを下ろした。私はその愛想の良さに好感を持って、
「よろしくお願いします」
と言い返して、同じようにマスクを下げた。私が朝礼で自己紹介をするときにマスクを下げて皆に顔を見せたので、彼はその真似をしたのかもしれないと思った。

「フルカワくんは、クラブに行ってナンパするのが趣味なんだよね」
マツダさんがニヤニヤしながら言った。
「違いますよ。変なイメージつけないでください」
「え?でも前に東京のクラブに行ったんでしょ?DJのコントローラも買ったって言ってたじゃない」
「クラブは憧れてるだけで、そんなに行ったことないです。田舎じゃあまりイベントないんで」フルカワくんは、頭を軽く掻きながら苦い顔をしてそう言った。「クラブって言ってもナンパ箱と音箱っていう二種類あってですね。僕が好きなのは後者なんです。純粋にダンスミュージックを楽しむんです」彼は、何ムキになってんだろ、という顔で笑いながらはにかんでこちらの表情を伺ってきた。

「じゃあとりあえず、フルカワくんは、クラブ好きのナンパ師ってことで」
私が笑ってそう言うと、もうなんでも良いですよ、と言って欧米人がするようなオーバーに両手を上げて肩をすくめるジェスチャーとそれに合ったおどけた表情をした。

「福岡から来たって朝礼の時に言ってましたよね?じゃああれ知ってますか?ほら、大きい川があるじゃないですか福岡って。川沿いにできた新しいカフェレストラン」
「福岡に川はいっぱいあるよ?」
私が困って苦笑いしながら言うと、マツダさんが、出たフルカワワールド、と手を軽く叩いて笑った。

「うーん。博多とか天神とかの近くにある、1番賑わってるとこですよ。パンケーキが有名なカフェで。パルコじゃなくて、、」
「あ、ビルズ?」
「それです」
フルカワくんが私を指差して苦笑しながら言った。それを見てマツダさんが、「会話が成り立ってる。二人仲良くなれそうですね」と言ってまだ笑っている。
「日本初上陸っていう触れ込みだったから惹かれて、福岡に行った時に行ったんですよ。おしゃれだったなあ。なんか遊園地の中のレストランぽくないですか?欧米風で。ていうかよく分かりましたね」
テンションの上がったフルカワくんがまくしたてるように喋るので、私はなぜビルズの話をしているのか忘れてしまっていた。

「遊園地はわからないけど、「日本初上陸」っていうくらいだから欧米から来たんじゃない?」私が笑ってそう言うと、フルカワくんは、なるほど、と食い気味に応えた。「パルコで分かったのは自分でもすごいと思う。私は行ったことないよ、フルカワくんは誰と行ったの?」
「僕は彼女と行きました。彼女がバカでかい車を買ってそれを運転するために、高速で半日かけて行ったんですよ」
フルカワくんが、両手を広げて車の大きさを示しながら言った。

「フルカワくん彼女いるんだ」
「いや、いないです。それは前の前の彼女の話です」
「めっちゃ前じゃん」
「めっちゃ前です。じゃあ、仕事の邪魔しちゃ悪いんでもう帰りますね」
「あ、うん。気をつけてね」
「はい、ありがとうございます。さよなら」
そう言って、フルカワくんが電子の退勤カードを私のPCの真横にある機械にピッとかざして部屋から出て行った後、私はマツダさんと顔を見合わせて笑った。

「なんなんですかあの子」
私がそう言うと、マツダさんは「最高」と言って笑った。
「いや、でもツジさんもフルカワさんのペースについて行ってたじゃないですか。さすがです」
マツダさんは、そう言って腕を曲げて力こぶの部分を叩くジェスチャーをして褒めてくれた。「面白いでしょ彼、仲良くなれそうですね」

 その挨拶を境に、フルカワくんは私を見つけるたびに話しかけてくるようになった。映画が好きだけど香川では映画が好きな人はあまりいないらしく、私がジブリ好きだと言ったら喜んでいた。初めは彼の勢いに少し驚いたけど、普通にいい子そうなので私もフルカワくんがいたら話しかけるようになった。距離が縮まる速度が今まで出会った人の中で一番早かったので、初めて関わるタイプなのに前から知っているような変な感じがした。

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