ショートショート 『恋に落ちるとなぜ苦しいの』
「あ、思ってたのと違う!」
何が?
「恋をしてる状態だよ。もっとポップに捉えてた。普通にめっちゃしんどい」
あれだけ映画や小説や音楽で、恋愛の辛さを描いているのに私たちは
彼/彼女たちの苦しみ方をなぜか想像できない。
ギャルっぽい友達が言っていたことがある。
「私もう本気の恋愛は無理、しんどいもん」
その子は、友達の前ではイケイケの勝気な性格で、怖いもの無しといった感じであるが、
そんな彼女がそういう弱気なことをいうので、
その時に、以前に私が誰かに恋に落ちてしまった時の感覚をかろうじて想起させてもらったことはある。
でも、やっぱり違った、そんなもんじゃなかった。
映画の恋愛ってあれやっぱり他人を見てるんだ。
追体験の強度は人によって違うだろうけど。
でも、やっぱりイミテーションなんだなと。
画面越しに人の裸を見て慣れてるから、
人の裸を知った気になっていたり、慣れた気でいても
それは画面の光の強さや色の配列で、そう見えるようにイミテーションしてるだけ。
あれは人ではなく、光信号なんだよ。
だから、自分の肌感覚をできるだけ覚えておくことが大事なんだ。
画面が表現する情報から多くを読み取りイメージする想像力が必要なんだ。
リアリティを与えるには、画面に映る情報との共同作業が必要だ。
それが、自分が映画に参加できる喜びだ。
なんつって(whatever a.k.a かわいい♡)。
「なんで恋に落ちるとしんどいの?
好きな人がいてハッピー、じゃダメなの?」
ポエマーみたいなこと言うね。ガチなのかふざけてるのかわからないから怖いんだけど。
ミカがそう言って、私のことを軽蔑の眼差しで見た。
その目元、嫌いじゃない。
むしろ私的に、ミカの中で一番好きな表情だ。なぜならエッチだから。
彼女が人に軽蔑の眼差しを向ける時、
彼女の顔は凄く都会的になる。
おそらくそれは、彼女が人を見下すときにものすごい知性を使っているので、
脳内で稼働している知性の成分が、顔に出てきているからだ。
高い知性は濃い紫色の妖しさとなって顔に付着する。
その人と付き合おうと付き合えまいと、その人はあなたとは別の人間だからです。
どこまで行っても「他人」だから。
そのどうしても縮めることのできない距離感に苦しむわけです。
人に強い恋愛感情を持つ=その人と自分が一体化していないことが苦しくなる。
っていうことだからだよ。
つまり、一体化が好きの最終形態なわけです。
まあある種、その人になりたいっていうこと。
そして、恋愛感情が強力なほど、その縮めきれない距離によるダメージというのが大きくなっていくわけです。
実現不可能な願望だからね。
それが恋をして相手を想う切なさの正体だよ。
ミカは確かこう言ってた。合っているのかは私にはまだわからない。