ショートショート 『僕の世界が香る日』
みつきさんは、シュッとその純度の高いホワイトチョコみたいな色の肘をカウンターに乗せて二重まぶたを上手に使い数回瞬きをしたあとに、上目遣いでこちらを見て俺の眉間の辺りに焦点を合わせた。俺はもうその時点で実際にチョコを食べたときに活性化するのと同じ脳の部位が熱くなったため、甘い味がした気がした。直後、客席の上向きに開けた木枠の窓から厨房の換気扇に向かって、良く晴れた六月中旬の細長くて黄緑色の風が二本通ってそれらを鼻腔に感じながら、いつも通り裏切らない角度でカーブする彼女の頬は今日一段と増してキメが細かくツヤが出ていたが、視覚と聴覚の快楽のハーモニーを楽しみ気持ちが高揚したのをバレないように俺は鼻をすするフリをしてしかめっつらをした。
「ねえ。今日の夜はまかないじゃなくて、あの海沿いにできた新しいカフェ行かない?」
それを聴いて、彼女の「ねえ」っていう女性らしい語感が彼女以上に似合う人がいるのだろうかと感激してしまったのが邪魔をして、俺が彼女の誘いに応えるまでに変な間が空いてしまったことの気まずさを、みつきさんは「行かない?」って言ったのと同時に軽く傾げた首を両耳につけた大きめの金色リングピアスを揺らしながら戻して、ゆっくり口角をニヤッと上げることで緩和してくれようとしたし、実際に緩和以上の効果をその動作は二人の間のやりとりにもたらしていた。
「いいですよ。みつきさんの奢りですか?」
気温が上がり初夏の匂いが発生し始める瞬間は裸足でいるような気分にさせてくれる。そうすると目の前にいるみつきさんがより近く感じられていつもより馴れ馴れしい態度をとっても嫌がられない気がしたのは、みつきさんも裸足でいるような気分を共有していると思ったからだ。俺は、季節の変わり目の一日のみ強く感じるこの匂いをすぐに来年のこの日まで思い出せなくなることが少しだけ怖くなった。