【詩】風

ある暑い夜にわたし、いつまでもずっと冷たい風に吹かれていたいと思っていた。だって冷たい風や空気はどこか綺麗なような気がする。それで、たとえわたしが何もしていなくても、何も努力していなくても、わたしのことを責め立てることもなく、浄化してくれるような気がする。わたしは何もしなくていいんだって、わたしはわたしのままでいいんだって、そう言ってくれるのは、それを赦してくれるのは、そのとき他でもないただ吹き抜けていく冷たい風だけでした。「鏡を見る必要もない。自分であえて見てみるまでもなく、きみは綺麗だ。それにね、鏡なんて悪魔が創ったものなんだよ。だって鏡って、見たくもない自分の姿をわざわざ見れるようにしてるわけでしょ。それって、すごくすごく性格が悪いことだと思わない?そんなもの創るのなんてきっと悪魔以外に有り得ないよ。だから鏡なんて当てにならないんだ。鏡にどんな姿が映ろうが、きみは綺麗だよ。少なくともきみは、そんな性悪の悪魔よりは、ずっとずっと美しいはずだ」冷たい空気が、わたしの身体に伝う汗を拭い去っていく。風に身を委ねるようにわたしは風の言葉を聞いている。けれどもふとした瞬間に、綺麗な気がするのはただ自分が粘着質であることを忘れられるからだ、と思い出す。誰に伝えるでもなく、わたしはただ「涼しいな」と呟いた。暗くて狭い部屋にひとり、わたしはエアコンの空気の下にいる。

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