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被害者の会へようこそ
仕事がうまくいかず、チームの目標に到達しなかったとき、「経営判断ミス」や「メンバーが期待通りに動かなかった」といって自分以外に原因を求めてしまうことはないでしょうか。
自分を守るのは本能的なことで、自然な反応です。
しかし、マネジャーが自身の責任を果たさずに、上司やメンバーのせいにするのは「マネジャーとしての責任放棄」です。
とはいえ、マネジャーにとって「チームの失敗は自分の責任だ」と潔く認めるのは、勇気のいること。だって自分の責任を認めたところで周囲からの批判は止まないのだから。
そんなつらい立場のマネージャーに、救いの手を差し伸べてくれるのが「被害者の会」です。
私は被害者だ
高齢者施設。入居者の次女さまからクレームを受けたと、ケアマネジャーから施設長に報告がありました。
「おたくの施設はいつ行っても職員がいない。母は”コールボタンを押してもスタッフが来てくれない”と言っている。いったいどうなっているのか施設長から説明をもらいたい」
施設長が事実確認をしたところ、昨日の朝、たまたまコールが重なってこの方の部屋に訪問するのに5分近くかかってしまったことが分かりました。
施設長は、渋々電話をして、昨日の朝にコールを押してから訪問するまでに時間を要してしまった事実を伝え、謝罪しました。
次女さまは、昨日のことについては理解してくれたものの、「いつも職員がバタバタしていて話しかけることもできない。人員不足ではないか。施設長としてしっかり対応をしてほしい。」と冷たい口調でお話しされ、一方的に電話を切られてしまいました。
施設長は、フゥ~っとため息をついてから、となりで電話の様子を聞いていた介護長に言いました。
「こっちは人が足りないと言ってるのに、本部が人を用意してくれないからこうなるんだ。今度電話が来たら、本部の人間から電話させよう。まったく、こっちは被害者だよ」
被害者同士の会話は傷を癒す
介護長は同調しました。
「ほんとですよね。本部の人間も現場に入って私たちの大変さを知るべきですよ。人件費が高すぎてこれ以上は採用できないというけど、このままじゃ現場の職員は疲弊するばかり。今月も介護職員が1人退職するけど、そもそも給料が安いからですよ。こんな安い給料で”辞めさせるな”なんて言われても無理ですよ」
施設長と介護長の本部批判はだんだんと熱を帯び、声も大きくなっていきました。
そのうち本部への批判だけでなく、特定の職員に対する批判も交じり、事務所で仕事をしていた職員は一人またひとりと席を立っていきました。
二人の会話は1時間あまり続きました。クレーム電話の時とはうって変わり、二人の顔は気色ばんで、楽しげな表情になっていました。
傍観者だった事務長が孤立
施設長と介護長の本部批判、職員批判はもはや日常の光景になりました。
二人の会話が始まると、職員は自然と席を外すようになっていきました。
いっぽうで、職員の前で公然と本部や他の職員の批判をする光景を事務長はこころよく思っていませんでした。
ある日、事務長が別の入居者からのご意見を施設長に報告しました。
「また人がいない」という苦情か。施設長は吐き捨てるように言います。
「そんなことこっちに言われても困るよな。悪いのはすべて本部なんだから。事務長もトバッチリを食らって大変だったな。そもそも本部は現場のことを全然わかってない。こっちは・・・」
事務長は、施設長の意見には同意するものの、施設の経営状況が厳しいこともわかっているため、かんたんに人を増やせる状況でもないと考えながら聞いていました。
施設長の話は、30分以上続きました。
「・・・事務長からも今度の経営会議では、本部役員に現場の人員不足を訴えてくれ。こっちは入居者からの苦情に日々さらされて大変なんだ、と。」
施設長の話を聞くうちに、「悪いのは自分たちではない。本部が解決すべき問題だ」と事務長も思いはじめました。
それと同時に苦情を言われてザワザワしていた胸の奥がすっと温かくなるのを感じ、「わかりました」と返事をしました。
被害者の会はいつでも仲間を募集中
この事務長には社外メンターがいます。
メンターとの定期面談の際、この出来事を話しました。
メンターは事務長の話を聞いて問いかけました。
「事務長も施設長たちと同じく、この苦情は自分たちの問題ではなく、本部の責任で解決すべき問題だと思いはじめたのですね。そう思うことで、自分の気持ちを落ちつけることができたのですね。」
「はい、自分の気持ちを理解してくれる施設長がいて良かったと思っています。」
「では、この経験から事務長は何を学び、どんな成長を感じられましたか?」
「学び・・・成長・・・」事務長は言葉に詰まります。
メンターは質問を変えました。
「事務長も、”自分たち現場のマネジャーは被害者だ”と思いますか?」
「被害者だとまでは思いませんが、原因の大部分は本部にあると思います。入居者も職員も私たちマネジャーに苦情を言いますが、人員不足を招いているのは本部ですから。」
「直接苦情を聞くことについては、どう思いますか?」
「良い気持ちはしません。本部に原因があっても苦情を聞かなければならないマネジャーは損な役回りだなと思うし、施設長はもっと大変そうなので、私は施設長にはなりたくないなと考えるようになりました。」
「そうですか、もしかすると事務長は”被害者の会”に勧誘されているのかもしれませんね」
被害者の会の入会特典
メンターは被害者の会について、明るい口調で話し始めました。
「被害者の会とは、自分は悪くないのに責任ばかり押し付けられる。マネジャーは被害者だ」と考える人たちの集まりです。
マネジャーの不遇について日々心ゆくまで語り合い、自分たちの溜飲を下げています。
「本部が悪い」「職員が悪い」「会社が悪い」「国の制度が悪い」など、マネジャーの不遇を生み出す外部要因について、テーマはエンドレスに湧いてきます。
マネージャー同士で同調しながら、「あなたは悪くない。悪いのは〇〇だ」と言ってもらえる場で、仕事で傷ついた心をお互いに慰めあうことができます。
事務長も、施設長と介護長の会話を傍から聞いていたときにはあまりいい気がしなかったけれど、一緒に話すと気分が慰められ、心が温かくなったのでしたね。
施設長と介護長が待っている被害者の会に入ると、いつでも優しく傷を慰め合えるので、きっと心が落ち着きますよ。
つらいことがあったら、いつでもマネジャー同士「つらいよね」「悪いのは私たちじゃないよね」と言いあえるのですから。
被害者の会の退会条項
ただし、被害者の会には、退会条項、つまり「これをしたら脱会しなければならない」という決まりがあります。
メンターは声のトーンを少し落としました。
被害者の会に参加できるのは、被害者だけなんです。
被害者の会のメリットは、被害者同士、傷を慰めあうことにあります。
成功している人はもはや被害者ではないので、会の輪を乱す存在です。被害者の会に参加することはできません。
被害者の会に参加し続けるには、被害者であり続けなければなりません。
被害者の会では「成功法則」など誰も聞きたくないです。被害者にとって、成功者は裏切り者です。
いや、もっと厳密に言うなら、成功や成長を目指した時点で、被害者の会にはいられなくなります。
被害者は周りに他人に責任があると考えます。
周りや他人に責任があると考える限り、自分の責任で考えたり行動したりすることはありません。
成功や成長のためには、周りや他人のせいにせず、自らに責任があると考えて行動することが必要です。
何も行動せず、成功や成長が舞い込んでくることはまずありません。(宝くじの当選は幸運だが成功ではない)
ですから、被害者の思考のまま、成功や成長を目指すことは、そもそも不可能なのです。
成功や成長を望むなら、居心地の良い被害者の会を抜けなければならないのです。
あなたは被害者になりたかったのか
メンターはテーブルの上で手を組みました。そして事務長の目をみて、ゆっくり問いかけました。
「事務長、あなたは被害者になりたいですか?」
事務長は間髪入れずに答えました。
「私は被害者にはなりたくありません。施設長になれる自信はないけれど、もっと成長したいです」
「そのためには、どうしたらいいと思いますか?」
「施設長たちに同調して被害者の会に入るのではなく、事務長としての責任を果たすため、自分にできることを考え行動します。」
事務長の目には強い意志の炎が宿ってきます。
「安心しました。そういってくれると想像していましたが、もし事務長が被害者の会に入りたいと言ったら、私の役目はもうないと答えるところでした。」とメンターはおどけた調子で言いました。
事務長にはまだ気掛かりがありました。
「施設長や介護長を、被害者の会から抜け出させるには、どうしたらいいですか?」
「残念ながら、事務長ひとりの力で彼らを被害者の会から抜け出させるのは難しいでしょう。
先ほども話した通り、被害者の会には強力な癒し効果と強い連帯感があります。それを捨てる覚悟や願望を彼ら自身が持たない限り、抜け出すことは困難です。それだけ被害者の会には中毒性や依存性があるのです。」
事務長は少し落胆しました。
でも・・・とメンターが続けます。
「事務長が自らの責任を果たす行動を続けて輝く姿を見せることで、施設長や介護長が”事務長のようになりたい”と思うことはあるかもしれません。直接はたらきかけて彼らを変えることはできませんが、事務長の思考と行動が彼らに気づきを与える可能性は十分にあります。おなじ施設で働くマネジャーとして、事務長にできることはまだまだありますよ。」
事務長は
「責任を果たす行動」と手元のメモに書き込みました。
めでたしめでたし
立崎直樹
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