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白い牙 ジャック・ロンドン

Am 20. Maerz

WHITE FANG
Jack London


「生命は生命を食って生きているのである。掟は『食うか、食われるか』だった。」


この「掟」の意味をもっと深く考えなきゃならないね。
ホワイト・ファング、人間にそう名付けられたオオカミの物語。

1876年に生まれ、1916年に死んじまった早死ロンドンは天才だ。
100年以上も前の話とは思えない科学的にも全く古びない圧倒的な観察眼、これは擬人化された動物のフィクションなんかじゃあない。

ぼくは言わずもがなのロンドン教徒で、今でも心から彼を崇拝しているけれど、こういう人々のおかげで今の犬どもがあるなと。

ちょっと前は「服従」とか「アルファ」とか力関係が全ての訓練法はロンドンの時代から100年もおんなじだったんだね。
そんな「棍棒による支配」の時代に「愛の関係」を説くロンドン。

ロンドンもハーロウと同じポエマーの変人扱いだったさ。
ロンドンの時代、動物との関係は暴力で成り立ってて、犬畜生の権利なんてもんは存在しない、遊びじゃねえんだ、きっちり働け!、なんだ。

さて、この物語は、主人公のほとんどオオカミ、ホワイト・ファングの成長物語だ、お母さん半分オオカミ半分イヌ、お父さんオオカミね。
最初の1/3は自然によるスパルタ教育、次の1/3は余裕のない人間動物による虐待教育、最後の1/3は余裕のある人間による愛の教育だ。
どの教育にも「掟」があってそれを学び、従うのが生き物であると。

最初の2/3なんか現代の「犬好き」の人が読んだら目を覆いたくなる描写が満載だ。
ぼくはもう何度も読んで知ってるから読めるけれど、ロンドンの作品を動物虐待だと感じ気分が悪くなる人はいるだろうよ。
ぼくだって、グレー・ビーヴァやビューティ・スミスを例の棍棒でボッコボコにしたくて歯をギリギリ言わせながら読むけど、いつの時代にも「虐待者」ってのはいるもんだ、人間様はたいして変わらないからね。


ただ、ロンドンは「動物虐待者」では断じてない!
むしろ、コンラート・ローレンツとはる「動物行動学者」だ!
愛の主人ウィードン・スコットはロンドン自身だ!
尽きることない「忍耐力」の持ち主なんだ!!!

何がすごいかは読んだら一目瞭然だけど、画家のような観察眼だ。
死の荒野アラスカの残酷な自然の全てを漏らさず観察し、表現できる。
想像できるかい?全てが凍りつき、命の危険が常にある中で冷静に物事を観察し、記録できる、そんな精神が頑強な人はそうそういないってもんだ。
ロンドン自身たった1年しかアラスカにいなかったようだけれど、変わらない自然の掟と変化する人間の掟をホワイト・ファングが学んでゆく様がオオカミ目線から描かれるもんだから恐れ入る。

きっとこの物語の多くも彼が実際見たものなんだろう、だからこそ、浮かれた作り物ではない恐ろしさもある。動物文学はディズニーランドではないんだね。
断言するけど、そんな彼はものすごく動物に好かれたに違いない。

当時のアラスカではゴールドラッシュのため、たくさんの白人がやってきて、たくさんの犬どもが働かされたと。
そんな犬どもは愛玩犬としてヌクヌク育ったキャワユイ動物なんかじゃあない、命懸けで生きるタフな犬どもだ、そうじゃないと生き残れない、それが「掟」だ。
得てして過酷な環境は「優しさ」を奪う、そんな意地悪な犬どもと暴力的な人間どもに揉まれたホワイトファングはいよいよ性格もねじ曲がるってもんよ。

リアルであっても物語としては痛快で「悪」はちゃんと裁きを受ける。
ただ、またも天才ロンドン、「悪」も一筋縄ではいかない。
主人公のホワイト・ファング自身も「悪」だからだ。
「悪」は連鎖する。
そして神である彼の言うところ、「悪」はもともと存在するわけではない。
「悪」はねんどのように周りに捏ねられ造られる。
そんな悪の造形物が「愛」によって捏ねなおされた時、その運命が変化するよ。

天才ロンドンは凡人のぼくらにもわかりやすいように、狼犬であるホワイト・ファングと人間の凶悪犯であるジム・ホールを対比してくれる。
彼らは似たような捏ねられ方で形作られたからだ。
彼らが「悪」になったのも「運」であり、ホワイト・ファングとジム・ホールの未来がことなったのも「運」だ。
それほど世界は自然の「掟」である「運」に左右されてしまう、それは動物も神である人間も変わらない。

人間=力=神、とホワイト・ファングは思う。
でもさ、これも「運」に翻弄されるちっぽけな生命のひとつでしかないくせに粋がってる人間をロンドンが皮肉っているのかもしれないね。

生の多くは自分ではどうすることもできないのだ。
生命とは巡り合わせによる命、「運命」なんだね。

少年漫画のように入りやすく、わかりやすい!
世界観もキャラクターも魅力的!
けれど、そこには真実があり、変わらない恐怖がある。
当時エセ科学とばかにされた動物文学、それは最近の科学では認められつつある。
天才ロンドンは、100年たっても人間が見れない「掟」をすでに見ていた。

「生命。。。貪欲な食欲。。。」

そう、ぼくら人間様は動物だけじゃなく地球すら喰い尽くすよね。。。


ぼくはホワイト・ファングが好きだ、ポウくんみたいなんだもの。
イヌとは違うオオカミの感情表現がいじらしすぎて泣けてくる。
なんていうか、体は恐ろしく頑丈なのに心の一部が非常に繊細で脆く、そのぎこちなさが切なくなるんだ。


「ホワイト・ファングはほかのイヌのようにとびついていかなかった。立ったまま、じっと見つめながら待っていた。」


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