冷え込む朝に思い出した監獄のこと
生命保険料控除証明書が届いていた。もうそんな時期なのか。会社で履いている置き靴のバレエシューズを買い替えたところ、サイズを見誤ったらしく、ちょっとだけきつい。がまんできないほどではないけれど、帰りに置き靴を脱いだ時の解放感がすごいので、一日中足に負担をかけていることは間違いない。少なくとも2年は履くつもりでいるので、毎日少しだけ足に負担をかけ続けた結果がどうなっているのか2年後が楽しみである。ちょっと心配でもある。もちろんやられっぱなしでは気が済まないので、足の側からもぐいぐいと革を押し広げて快適な空間を確保していく所存である。
このバレエシューズのブラックスムース。スタッフAさんのフィッティングコメントの的確さ!そうそう、わたしも靴下と合わせたいので23.5㎝を選ぶべきであったのに、今まで履いていたおためしスクエアトゥバレエシューズが23.0㎝でぴったりだったので、今回も型違いにもかかわらず同じサイズを迷わずに注文してしまったのである。ややきついことを除けばシルエットもとても今どきっぽくて気に入っているので、次に買い替える時には23.5㎝を買うということを忘れないようにここに書き留めておく。
このショップのバレエシューズ、会社で毎日履いて、近くの銀行などへの外出にはこのまま出かけ、1年に2回くらいはうっかり履き替えるのを忘れたまま帰宅してしまい、翌日は前日に履いたまま帰ってきてしまったそれを履いて会社に行くという使い方で、8時間×5日×約50週×2年で4,000時間履いても、踵が破れたりすることもなく見た目にほとんど劣化を感じない丈夫さなのでコストパフォーマンスに優れた名品だと思う。今までは会社の置き靴としてしか買ったことがないけれど、プライベート用にも買ってみようかな。靴底が薄めなので長く歩くのには向いていないかもしれないけれど、一般的な活動レベルなら問題ないような気がする。滑り止めの靴底をミスターミニットで貼ってもらってもいいかもしれない。靴底貼りはプロに任せる主義である。安いバレエシューズを履いていても心は錦。
バレエシューズの耐久性を検証するために労働時間を計算していて気がついてしまったのだけれど、残業をまったくしないと仮定しても1年で約2,000時間会社で労働しているのだという現実に驚いた。果てしなく膨大な時間である。今までに何度かの転職をしていくつかの会社で働いてきたけれど、思い出すだけで今でも心がチクチクするような勤務体験がある。その会社は第三者としてみればとても優良な中小企業だと思うし、今でもそれは間違いがないと思っている。採用が決まった時には、こんな優良企業で働けるなんてと舞い上がってしまったのも事実。面接に行った際に対応してくださった社員の方や面接官の方たちも、穏やかで品よくきっちりとした印象であったし、提示された労働条件も希望以上のもので、内定を辞退する理由はどこにもなかったのだ。それでも結果として8ヵ月で退職する運びとなった。
面接に行った際の、社員の人たちや面接官の方たちの印象が実際と違ったわけではない。気難しいと感じる方もいるにはいたけれども極悪人はおらず、総じて社員の方は仕事面でも人間性においても優秀な方ばかりであった。それなのに、入社してから辞めるまでずっと朝が来るのが怖いと思っていたし、月曜日になるのが怖いと思っていたし、毎日駅から会社まで歩く足取りが鉛のように重たかった。会社がわたしにとってはまるで監獄だったのである。優良企業なのに、優秀な社員ばかりなのに、いじめられているわけでもないのに。振り返ってみれば、毎朝の掃除の仕方や社長対応に電話対応など、あらゆる面において細かく定められた会社のルールがあり何をするにもルール通りでなければ許されない環境で常につきまとう不安や焦りと緊張感、優秀な社員の方たちに囲まれて働いていることから生じた劣等感、狭すぎるワークスペースで仕事をしていたことから発生した閉塞感などが相まって生じた監獄妄想であったのだろうけれども、まったく生きた心地のしない8か月間であった。制服があったことも監獄妄想を高める一因だったかもしれない。
優良企業だからといって自分が働く環境として適しているとは限らないということを学んだ大変に貴重な経験であったと思うし、慣れた環境で働き続けていると自分でなんでも解決できるようになってうぬぼれの万能感が湧いてくることがあるけれど、ほんとうに優秀な会社員の集団を見て、いかに自分が無能であったかを思い知ることができたので必要な8か月間であったのかもしれない。思い出すのも辛いくらいに毎日が地獄ではあったけれども。
あの8か月間でわたしが得たものは「監獄基準」である。会社なんて実際に入社してみないと自分に合うかどうかなんてわからない。①選考の過程で「おや?」と不審に思うところがあれば迷わず選考は辞退するという危機回避能力、②納得できない労働条件は受け入れないという誇りのようなもの、③入社してみて監獄だと感じたらそこは自分が働くべき場所ではないので逃げてよいという監獄基準、これからも会社員として年間2,000時間を会社で労働しながら生きていかねばならないわたしのための覚書。
今働いている会社にも全く不満がないわけではないけれども、駅から近い、完全週休2日制、基本的に定時退社が推奨されており5分単位で残業代が支給される、服装は自由、有給休暇が取りやすい、ある程度自分のペースで仕事ができる、面倒でないドライな人間関係など、不満に比べて圧倒的にここで働き続けることで得られる恩恵の方が上回るので、8年勤めて退職された方の業務を引き継いで今までよりもちょっと仕事は増えるけれども少なくとも今のわたしにとってここは監獄ではないので、来週からもがんばって働こうと思う。今までよりもちょっと仕事は増えるけれども。バレエシューズがちょっときついけれども。毎週3連休であればいいのにと思ったりもするけれども。