見出し画像

バター醤油、あるいは砂糖醤油で

身も蓋もないが、僕はお餅が好きではない。

大福やお汁粉は大好きだし、なんなら雪見だいふくだって時々買う。
苦手なのは、お雑煮だ。

ほんの少し前まで、僕の住む町に『伊勢屋』という小さなお店があって、そこでは餅を普段から売っていた。
おにぎりや稲荷寿司、団子、夏にはかき氷などを販売していた。
そこが好きだった。
だから、年末になると、のし餅を買ったり鏡餅を買ったりしていたものだ。
今、その店のあった場所は、いくつかのテナントを経て美容院になった。
この町に数え切れないほど美容院なんてあるのに。

伊勢屋さんで、つきたての餅を買って、最初は当然ながら炙る。
砂糖に醤油をかけたものをタレにして、前後を返しながらつけて、パリッとした海苔を巻く。それで食べた。特別な餅じゃないけど、普段着の味のする餅だった。砂糖がちょっとじゃりっとするのがまたいい。

それに飽きると、バター醤油だ。フライパンにバターを入れて、頃合いを見て醤油を垂らす。そこに炙った餅を絡める。
海苔はやはり巻いてしまう。

伊勢屋さんでは餡子も売っていた。一緒に1パック買って、お汁粉にする。
炙った餅を椀に一つ置き、熱い汁をかける。
それを啜る。甘さが身体に染み渡る瞬間が好きだった。

こう書いていると、餅が好きじゃないかと思われるかもしれないが、好きではない。
伊勢屋さんで年末に買う餅が好きだったのだ。
おじさんと来年もよろしくなんて言いながら買う餅が好きだっただけだ。
伊勢屋さんがなくなってから、餅を買うことはなくなった。

だから、正月だけど、我が家に餅はない。

僕の住んでいる町は、あらゆるものが変化して、昔、当たり前にあったものが、あっという間に消えていった。その人たちが、そこで暮らし、商売していた痕跡も一緒に消えてしまった。

あなたの住む街ではどうだろうか?


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?