あのメールが全ての始まりだった クッポグラフィーと歩んだ スタジオ建築10年の軌跡
2024年8月、あるプロジェクトオーナー(施主)さんのインスタグラムで、10年越しの思いが綴られた。書き出しには、「受信トレイに届いた一通のメールから、クッポグラフィーのフォトスタジオは始まった」と一言。クッポグラフィーの代表でフォトグラファーの久保真人さん。
ハンディハウスプロジェクトと久保さんの付き合いは今年で10年目になる。これまで、スタジオ7店舗と久保さんのご自宅づくりを担当した。
「何をするかではなく、誰とつくるかが大事」
お互いに駆け出しだった頃から二人三脚で歩んだ道のりを振り返る中で、クッポグラフィーの写真とハンディハウスプロジェクトの建築には、“作り手の人柄”が欠かせないという、共通点があることも見えてきた。
10年分の思いを伝える インスタのメッセージ
ーー先日は、久保さんのインスタでハンディについて投稿をしてくださりありがとうございました。このタイミングでハンディとのスタジオづくりについて発信してくださったのはどうしてだったのでしょうか?
久保さん:普段僕のインスタでは、自分の中で言葉にできるような撮影があったり、撮影後に伝えたい思いがまとまったときなどに投稿をしていて。今回、加藤さんがお子さまが産まれたお祝いで福岡スタジオに来てくれて、ちょうどそのときに僕も福岡にいたこともあって撮影をする機会に恵まれて。久しぶりの再会に思いが溢れて投稿をしてみました。
加藤:お互い福岡にいて、こんな形で再会ができて嬉しかったです。投稿してくださったのは、久保さんがハンディにスタジオづくりの依頼で問い合わせをしてくださったメールに対して、僕が返信をした内容についてでしたね。懐かしい。
久保さん:やっぱりお世話になった方の写真を撮ると、特別な気持ちになりますね。坂田さんは結婚式で撮らせてもらいましたね。
坂田:その節はありがとうございました。
久保さん:そういえばハンディさんについてはインスタで書いたことはなかったなと思って。10年分の思いを一つ一つ思い出しながら書いたのですが、書きたいことがどんどん出てきてしまって。あんなに長文を書こうと思っていたわけではなかったのですが(笑)
坂田:メールの内容は、投稿文を書きながら思い出したのですか?
久保さん:あれはもうずっと僕の心に残っている一通です。
加藤:そうなんですね!嬉しい。
初めて触れる建築業界で感じた “ワクワクしないものづくり”
ーー久保さんと出会った頃は、ハンディはまだ創業から2年ほどでした。
坂田:よく僕たちを見つけてくれましたね。
久保さん:とにかく検索して建築会社を探しました。ちょうど大手の建築会社に相談をしている最中のことでした。当時まだ僕はフリーのフォトグラファーとしてウエディングを中心に撮影をしていた頃で、そのときに手持ちで出せる予算が限られていて。融資で借りる予定でしたが、手持ちの予算に合わせた提案しかつくってもらえなくて先に進みませんでした。融資を確約できていない以上、建築会社も予算以上の提案に労力をかけるのは難しいですよね。頭ではわかっていましたが、予算の話ではなくて、どんなお店をつくるのか、中身の話をしたかった。
坂田:建築業界のシステムの壁にぶつかったわけですね。どうしても現実的な予算に合わせた内容や見積りをつくることが先行しますからね、この業界では。
久保さん:そう。お店づくりってもっとワクワクするものだと思っていたのですが、いきなり困難しかなかった。
ーーそれで、別の会社を探し始めたわけですね。
久保さん:世の中にどういった作り手の方がいるのかがわからなかったので、手当たり次第に調べました。ハンディさんのホームページを見つけて、あ!ここだ!って。直観的に感じましたね。
ーーどんな部分に魅かれたのですか?
久保さん:ハンディさんのメンバーは、僕と同じように各々がフリーで活動をされていたので、きっと同じテンションでコミュニケーションがとれるだろうって思ったんです。しかも、建築業界のルールや悪しき伝統を良い方向に変えたくて創業したことも、ホームページにも書いてあったので、きっと僕の気持ちをわかってくれるだろうって。
一通のメールから始まった10年の付き合い
ーー加藤さんが送ったメールの熱量もすごかったですね。
久保さん:定型文とかではなくて、本当に思っていることを返信してくださってると感じました。思いのたけをメールで送ってみたらこんなに熱い返事をいただいて。
この一連のやり取りが、自分にとってはすごく印象的で。あのメールが全ての始まりだったなって今でもよく覚えています。
ーー最初のメールでは、スケジュールが厳しいとお断りの返事をしたそうですね。それなのに、仕事がご一緒できなくても会いたいとメール文に書いたのはどうしてだったのですか?
加藤:今読むと、全然よくわからないメールですよね。スケジュール的に難しかったのに、会って話しません?みたいな。
久保さん:お願いしているのは僕だったんですけど、逆に会いたいって言われてる(笑)
坂田:確かに(笑) でも、今でも久保さんのように情熱をぶつけてくれるような方からお願いされたら、忙しくても何とかして引き受けてしまうかも。これはちょっとやらないとダメだなって。
あとは単純に、自分たちに興味を持ってくれている方がどんな人なのかが知りたかった。当時は特に、色んな人たちから必死に学ぼうとしていました。あらゆる機会や出会いを、どうにか自分たちの学びに変えていきたかったし、理解したいと思っていました。今でも同じ気持ちでいますけどね。
ーー実際に会ったことで、気持ちが変わったんですね。
加藤:そうですね。久保さんと一緒にスタジオをつくることは、ハンディにとっても転機になるかもしれないと話しながら感じました。まだほとんど知られていなかった頃の僕たちのホームページを見て問い合わせをくださったことがそもそも嬉しかったし、その思いを絶対に取りこぼしたくない。そんなハングリーさもあったと思います。
久保さん:ハンディさんに会って、建築業界へのイメージが180度変わりました。建築について何も知らない僕の話に本気で向き合ってくれて、まるで自分のスタジオをつくるかのように、みんなでディスカッションをしてくれて。その時間が本当に楽しくて、皆さんへの信頼が増していきましたね。
ーー坂田さんが担当することになって、クッポグラフィーとのお付き合いは今年で10年になります。この間、7店舗と久保さんのご自宅をつくりました。
坂田:当時僕が一番店舗づくりの経験があったこともあり、メンバーの中田さんが「このプロジェクト、坂田くんがいいんじゃない?」って言ってくれたんですよね。
おかげさまで、2人の子どもを養えています。我が家を支えていただいてありがとうございます(笑) 当時の中田さんにも感謝ですね。
転機となった駒沢公園スタジオ 空間の力を感じた瞬間
坂田:全部で7店舗をつくらせていただきましたが、駒沢公園スタジオから、少し久保さんの建築に対する意識の変化を感じて。あのときはどんなことを考えていたのですか?
久保さん:以前は、“撮影をするための場所をつくる”という意識で依頼をしていたのかもしれないですね。こういう背景が欲しいとか、アンティークな雰囲気がいいとか。
でも、2019年の横浜港北スタジオの移転リニューアルでカフェスペースをつくっていただいたり、Yard Works(ヤードワークス)さんに植栽で入っていただいたりする中で、空間が持つ力ってすごいなって感じるようになっていって。
ーー空間が持つ力。
久保さん:カフェスペースをつくると、そこは撮影をするためのスタジオという機能だけではなく、ひとつの“場”になります。
坂田:居場所のような。
久保さん:そう。人が滞在することによって、新しい空気が生まれていくような。
久保さん:撮影用の背景としてのスタジオではなく、居心地の良い“場”となる空間にしたいと考えるようになっていきました。背景はどんなものであっても、フォトグラファーが頑張れば写真のクオリティは上がるので。
坂田:僕への依頼の仕方にも変化を感じました。最初は細かく要望を伝えてくださっていたなと思って。
久保さん:駒沢公園スタジオを依頼したときはリブランディングの時期と重なっていました。空間やブランディングなどについて調べたり、実際にスタジオづくりを重ねていく中で、その人の持っているクリエイティビティを発揮していただくためには、指示は具体的すぎないほうが良いということも学んで。確かにそうだなと。僕たちが新郎新婦さんから、こういう写真を撮ってくださいって細かく言われるのと同じことになってしまいますからね。
加藤:1店舗目からのブレイクスルーを傍で見ていて面白かったです。久保さんの中で何が起きたんだろうって。これまで撮影背景を重視した2次元の空間だったものが、急に駒沢公園スタジオから3次元の空間に変化したように感じて。
久保さん:しかしこの物件ではご苦労をおかけしました。やりたいことと物件のポテンシャルに乖離があったりもして。
坂田:そうでしたね。半分はカフェスペースにしたいという要望がある一方で、フォトグラファーが引いて撮影する分のスペースもつくらないといけなかったりもして。
久保さん:何度かやり取りする中で、手前にもう一つ小屋のような個室をつくって光を取り入れるアイディアをもらったときは、「もう、すごいっ!!」って思いました。ひとつの空間をどう仕切るかしか考えていなかったので、別の小屋をつくるという提案をいただいたときは、すごすぎて…。もうこれしかないですねとお伝えしました。
絶対に自分ではこんな考えは浮かばない。プロの力を知って、心からリスペクトしました。
坂田:駒沢公園スタジオからは、ざっくりとしたイメージを共有しながら、自分自身のこれまでの引き出しや新たなアイディアを形にしていく空間づくりに変わっていって。これまでの自分を掘ってもらっているような感覚にもなったんですよね。設計をしたり空間をつくることって楽しいんだなって、改めて感じられる仕事になりました。
ハンディが大事にする スタートラインの立ち方
ーー加藤さんがメール文で伝えていた、「スタートラインの立ち方」あの言葉にはどんな意味が込められているのでしょうか?
加藤:文面に書いたことは、ハンディを創業する前からメンバー4人で話し合ってきたことの全てです。
この言葉は、岐阜の老舗繊維メーカーを営むオーナーさんから言ってもらった言葉なんですよね。僕たちが大切にしていることをまさに言語化してくださったなと思って、使わせてもらってます。
加藤:完成した後にオーナーさんから、「良いスタートラインに立つことができました」とメールをいただいて。その言葉に感動しましたね。あぁ、僕たちがこれから日本全国に広めようとしている価値観の先にはこういうことが待ってるんだなって。
従来型の家や場所づくりのプロセスにはオーナーさん(施主)が関わっていないことが多いですよね。そこに疑問を感じてハンディを創業しました。プロセスの部分にも住まい手や使う方が一緒に参加することで、建築全体へのリテラシーが上がって建物への理解が深まります。そうすると、完成していざ使い始めるスタートラインで、家やお店に対して全然見え方が変わってくると考えていて。愛着がわいた状態でスタートラインに立てると、その後の仕事や暮らしが豊かになると信じてハンディをやっています。
坂田:空間が動き出したときにはもう僕たちはいませんからね。スタートラインに立つところまでを僕たちが頑張る。
加藤:なんかかっこいいね。
久保さん:名言が出た。
面白いですよね。空間が出来上がったらハンディさんはいなくなるじゃないですか。写真と似てるなって。僕たちも撮影が終わったらいなくなりますが、写真はその人の家にあって。僕は毎日その人を直接的にサポートすることはできないけれど、その写真が励ます存在になってくれると信じてやっています。空間も、一緒につくった人たちの顔が時々浮かんだり、あの時は楽しかったなって思うと元気が出たり。愛着を持った状態でそこにいられるのは、本当に幸せだなって思います。
ーークッポグラフィーは、撮影のプロセスも心に残る時間になるように大切にされていますね。ハンディとクッポグラフィーは、プロセスを大切にしているところが似ていますね。
久保さん:価値観が似ていますね。僕は自宅も坂田さんにつくってもらいましたが、明らかに家に対する思いが変わりました。
ーーどんな風にですか?
久保さん:一般的には、家を購入することを検討し始めたとき、戸建て?マンション?どこに住む?といった話になるかと思います。
久保さん:僕はハンディさんとスタジオづくりをしながら建築に対するリテラシーが上がっていって。家をつくることになったとき、まず最初に考えたのが「どんな暮らしを望んでいるのか」でした。例えば、無垢のフローリングの上で寝そべる時間を想像したり、家での居心地について思いを巡らせたり。全てのプロセスに参加してつくった自宅での暮らしはとても快適で豊かです。
坂田:それはよかった。実際に手を動かさなくても、プロセスの段階で住まい手が選択する経験があるかないかだけでも、その後の暮らしがずいぶん違うと思います。
久保さん:そうですよね。坂田さんと相談をしながら、区切られていたいくつかの部屋をひと続きの広い空間として使えるようにしました。そうしたことで、夕暮れ時、どの部屋にいても淡い色に移ろいでいく空を眺めることができるように。家の中にいながら、どこにいても空を感じられて、まるで外にいるような居心地になるんですよね。日々の暮らしでこんな心地よさを感じられることを、とても気に入っています。
何をやるかよりも、誰とやるかのほうが大事
ーー久保さんのインスタの一文にあった「何をやるかよりも、誰とやるかのほうが大事」この言葉も印象的でした。
久保さん:クリエイティブなものってそのもの自体よりも、誰がどうやって生み出したのか、そのストーリーこそが価値をつくっていくと思っていて。写真でも家でも、そこにどれだけ人が情熱をかけたのか、その人と一緒につくって育まれた愛着が価値となっていく。そう考えると、どんなものでも、つくった人やプロセスを知らずに購入するのはちょっともったいないなって。
だからこそ、いつもプレッシャーを感じながら撮影しています。僕だから新婦さんのお父さんが泣いている瞬間に気づいて、この写真を届けられたと思えるように。僕が撮った写真のおかげで人生が変わったと思ってもらえるように。自分が撮影する意味や、自分だからこそ提供できる写真についていつも考えています。
久保さん:ハンディさんとの家やスタジオづくりを通して、誰とつくるのかが本当に大事なことなんだなって改めて感じました。
坂田:そんな風に言っていただいて、嬉しいです。
久保さん:品質も重要ではありますが、それ以上に、少ない予算の中で何とかやってあげたいっていう思いで、僕のために皆さんが知恵を絞ってくれたあの時間が、その後の心の支えになりました。最初の横浜港北スタジオのときは、本来ドア1枚をつくるのにも何万円もかかるところを、既存のドアをひっくり返したりしながら、お金をかけずに何とかしようと一生懸命に考えてくれて。
坂田:写真も建築も、ストーリーを肉付けすることで愛着となり、そのもの自体の価値が高まるのかもしれないですね。だからこそ、ストーリーが崩れた瞬間に、品質まで一気に悪い印象になってしまったりも。ちょっとの減点では済まされず、100まで積み上げたものが、一気にマイナス100になってしまうこともゼロではない。そういったプレッシャーと戦いながらやっているところはありますね。
久保さん:本当に。魅力的な組織って、社名を見て浮かぶのは人の顔だったりします。ハンディさんのロゴを見て浮かぶのは、あの日渋谷のカフェで出会った創業メンバー4人の顔です。魅力的な人が組織にいて、その人たちの熱量でチームが大きくなっていって、その人たちに魅了されたお客さんがハンディハウスプロジェクトを好きになっていく。品質以上に作り手の人柄は重要だと思います。
加藤:僕は過去に何度か、クッポグラフィーで他のフォトグラファーの方にも写真を撮ってもらったことがあって。どの方に撮っていただいたときも、すごく良い時間が得られてあのときのことを思い出します。撮影以外でも、散歩がてらカフェに立ち寄ったりしますが、皆さん明るくて気持ちが良いんですよね。誰にお願いしても、誰と接しても、クッポグラフィーの方々がもつ“人柄”によってその日一日の価値が高まるのはすごいなって。
家づくりも、この人のこの作品が好きだから指名するということもあるのですが、たまたま担当した、作品性などのフィルターがかかっていない人と、一緒に汗を流してつくっていいものができたときこそ、感動が倍増すると思っていて。自分の想像の範疇を超えて何かが起こったりすると、すごく楽しかったりしますよね。
僕たちもクッポグラフィーのように、誰が担当しても、「ハンディとつくってよかった」と言ってもらえるような組織をつくっていきたいなと思っています。
ーー10年前、クッポグラフィーはどんなスタートラインに立つことができましたか?
久保さん:ハンディの皆さんと出会えたことで、僕たちはフォトスタジオとしても、フォトグラファーとしても、真の意味でスタートラインに立てたと思います。
スタジオづくりの過程において、「できない」とか「足りない」といって色んなことを諦めるのではなく、逆境をバネにしてどんなことも楽しみながら実現していくんだということを、ハンディの皆さんから教えてもらいました。
まだ世の中にない、クッポグラフィーだから届けられる新しい撮影や写真の価値を、僕たちが業界の常識に縛られることなく心から追求することができているのは、ハンディの皆さんと一緒にスタジオづくりができたおかげです。
これからも一緒に、クッポグラフィーのスタジオの可能性を広げていける関係であり続けていただけたら嬉しいです。
取材・文 石垣藍子