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牛丼で死体はよみがえる

人間も、本当は冬眠をしたいのではないか、と思う時がある。
「今日、寒くない?」
と、つい口から出るようになると、人は明らかに行動が鈍くなる。
何か膜でもかかったように、頭がボーッとして、
体も鉛が入っているかのように重い。
季節の変わり目は体調を壊しやすいというが、
特に秋から冬にかけての時期はそれを感じる。
私は、アレ?と思った時は、すぐ葛根湯か補中益気湯を飲むのだが、
自分の体調の変化に気づけず、いきなりぐったりする時がある。
昨日の私がそうだった。
ホットカーペットの上に大の字になって寝る。
海岸に打ち上げられたトドの真似をしているわけではない。
これはヨガの死体のポーズである。
だるい時は、体を地面に投げうって休める。
これで、少しでも体が休まったと思ってくれればラッキーなのだが
そううまくいかない時もある。

仕方がないから、そのまま死体になっておくのだが、
死体になると、家のことが何もできなくなる。
掃除も洗濯もできず、生活が停滞するわけだ。
しかし、どうにもこうにも動けない時がある。
そういう時は、停滞やむなし!と腹をくくり、死体になる。
もう、おでこのあたりに

本日、冬眠中

と張り紙をしておきたいくらいだ。

しかし、おなかは減ってしまう。
私は料理は嫌いではないが、死体に料理は無理だ。
今日は勘弁してほしい。
こういう時、出かけるのが億劫でしかたなく作る場合と、
作るのが億劫で買いに行く場合とあるのだが、
昨日はめずらしく後者だった。
冷蔵庫を覗き込むことすら億劫だ。

私はネットで、牛丼弁当を予約した。
予約した弁当を取りに行くと、厨房の男の子が私の顔を見るなり
「牛丼弁当の方ですか?」
と聞いてきた。素直に「はい」と答えたものの、
私は、そんなに牛丼弁当っぽい顔をしていたのだろうか。

牛丼を食べるのは、本当に久しぶりだ。おそらく1年以上は食べていない。
帰宅し、少し気持ちを高揚させつつ、牛丼弁当のフタを開ける。
牛肉の独特な香りと、甘辛いタレと玉ねぎのこうばしさが、
脳天を直撃する。
牛丼屋の横を通ると、いつも美味しそうな匂いがするなー、と思うのだが、今まさにその匂いが目の前にあるのだ。
ひとくち食べて、立ち上がる。
台所へ行き、あれだけ開けるのが億劫だった冷蔵庫の扉に手を伸ばし、
冷えている赤ワインをむんずと掴む。グラスも手にする。その鼻息は荒い。
どんなに安価であろうと、牛丼はビーフだ。
赤ワインに合わないわけがない。
私は牛丼をつまみに、すっかり酒盛りを始めてしまった。

ついさっきまで死体になっていた私は、牛丼によって息を吹き返した。
牛丼で死体はよみがえるのだ。

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花丸恵
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