塩味(しおあじ)と塩味(えんみ)
私は「塩味」のことを、今まで「しおあじ」と言ってきた。そして、これからも、「しおあじ」と言い続けるものだと思っていた。
しかし今、この「塩味」を「えんみ」と言う人が増えている。その激増ぶりに、「しおあじ」勢が、かなり劣勢に立たされているのではないかと感じることさえある。
料理の味付けにおいて塩味を語るとき、これまでは「塩気」と言うのが一般的だった気がする。
「塩気を感じますね」
と言ってきたものが、今では
「塩味を感じますね」
と言われるようになったのだ。
いつから世間では「塩味」を「えんみ」と言うようになったのだろう。
元々、感覚生理学などの学術分野で、甘味、苦味、酸味、旨味、塩味と呼ばれてはいたそうだ。
その学術的な呼び方が、一般化してきたということなのだろう。
今は味覚センサーなどが発達して、食品の味を数値化できるようになっている。食品の商品開発の人たちが、その数値とにらめっこしながら、話していた言葉が、徐々に一般人にも流れてきたのではないだろうか。
別にそのことに難癖をつけるわけではないが、正直、その呼び名を変えてきた塩味に対して、
「あいつ、なんか変わったよな」
と言いたくなる。上京し、垢ぬけてしまった級友を見るような思いだ。
甘味、苦味、酸味、旨味、塩味
改めて並べてみて感じることは、なぜ酸味と塩味だけ、音読みなのだろう、ということである。
甘味、苦味、旨味、辛味、などの訓読み勢が優勢な中、なぜ急に酸と塩だけ音読みなのか。ここは訓読みに統一して、「すいみ」「しおみ」でもいいのではないだろうか。
もしかしたら言語学的に説明できる何か法則のようなものがあるのだろうか。私が思いつく法則や共通点は、酸と塩は、訓読みが「サ行」であるということと、音読みに「ン」がつくということだけだ。
とにもかくにも、素朴な青年だった塩味は、つるっと垢ぬけて、塩味と名乗り、学者風のインテリになってしまった。
たまに政治家などで、名前を音読みにしている人がいるが、もしかしたら塩味は、インテリだけにとどまらず、将来政界に打って出ようなんて考えているのかもしれない。
そんなおバカなことをぼんやり考えながらも、私は塩味のことを「しおあじ」と言うのを止められないのである。