長門裕之のたたきごぼう
長門裕之が亡くなって、来年の5月で10年になる。
晩年は、ドラマ相棒での閣下役での怪演が印象に強い。なかなかアクの強い役で、妙な後味の悪さを残していった記憶がある。
私にとって、長門裕之と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、たたきごぼうだ。
いくらアクが強い俳優だからといって、長門裕之がたたきごぼうの役をやったわけではない。最近では、香川照之がカマキリをやるくらいだから、そんな冗談を言っても、有り得ない話ではなさそうなのが困ってしまう。
もう20年近く前のことになるだろうか。
どこかの雑誌で、長門裕之と妻の南田洋子が、我が家のおせち料理、みたいな特集で、インタビューを受けていた。
そこで、自家製のたたきごぼうの話をしていたのである。
長門裕之自慢の一品らしく、暮れになると、大量に作って、配って歩いていたそうだ。美味しいと大評判で、心待ちにしてくれる人も多いんだ、と嬉しそうに語っていた。
南田洋子も「おいしいのよ」と言っている。
有り難いことに作り方も掲載されていたので、私はその年、初めて、たたきごぼうを、おせちに加えることにした。
ごぼうは、太いものは4つに割り、軽くたたいて約3cmの長さに切る。酢水でアクを抜き、たっぷりの鰹出汁で柔らかくなるまで、ごぼうを煮て、煮汁を切る。
たっぷりのすり胡麻、たっぷりの粉山椒に醤油や味醂で味を整えた和え衣に煮上げたごぼうを加え、一晩なじませる。
記憶をたどって、書いているので、正解ではないかもしれない。ただ、甘さのあまりない、たたきごぼうだったと記憶している。
何よりも、ごまと山椒の風味が素晴らしく、初めて食べた時、これはもらった人も喜ぶだろうな、と思ったものだ。
昭和の名優が、
あの人に持っていこう、あの人の分はこれくらいかな?
などと考えながら、台所に立っていたと思うと、何だか、顔がほころんでしまう。映画やドラマでは絶対に見せない顔が、年の瀬の台所にあったのだ。
我が家では、数年、そのたたきごぼうを作っていたのだが、夫が、あまり山椒を好まないので、作らなくなってしまった。
ただ、山椒好きの母にはとても好評だった。随分褒めてもらったので、正真正銘、本当に美味しい、たたきごぼうなのだ。
今年になって、私はよく、日本酒を飲むようになった。
長門裕之のたたきごぼうは、どう考えても日本酒にぴったりだ。夫が食べないと思うと、何となく面倒で作らなくなってしまったが、今年は自分の酒の肴のために、たたきごぼうを作ろうかなと思い始めている。