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30余年ぶりの現役復帰。バブル期生まれのホームベーカリーでパンを焼く

 バブル絶頂期に生まれ、平成を生き抜き、令和の食卓によみがえる── 。これは、実家の外物置で震えていたホームベーカリーが30余年の沈黙を破り、再び暮らしに温かな香りを運び始める「再生」の物語です(大げさ)。


 帰省した際、実家の外物置に眠っていたホームベーカリーを救出してきました。ナショナル(現在のパナソニック)が1991年(平成3年)に製造した、SD-BT6という、黎明期の製品です。

1991年製のナショナル「SD-BT6」

わくわくする香り

 どちらかというと流行り物とは距離を置いていた母が、なぜ手を出したのか、今となっては分かりません。ただ、「これで美味しい焼き立てパンが簡単に食べられる」と、喜んでいた姿を覚えています。

 当時のわが家のパン事情といえば、生協に入っていたパン屋で食パンを半斤買い、店の人に「1.8mmの厚さに切ってください」と頼むのが、わたしの任務でした。

 パンが焼き上がるときの香りは、子ども心にも、わくわくしました。なんだか勉強頑張ってみようかな、という気になったものです。気になっただけでしたが。

 しばらくは張り切って使われていたものの、程なくして、多くの流行り物と同じ道をたどります。やがて母手作りのカバー(ピンクの花柄)をかけられて収納庫の上に置かれ、気がつくと、有田みかんの空き箱にむき出しのまま入れられ、外物置で寒々しい余生を送ることになったのです。

救出作戦、始動

 ほこりまみれになった姿を見た瞬間、わたしの中で救出プロジェクトが密かに始動しました。

 母は病に倒れたのを機に認知症を発症し、詳しい話をすることができません。父に確認すると、「使えるようなら使ってほしい」とGOサインが出ました。

 幸運なことに、内釜、羽根、計量スプーンなど、必要な部品はそろっていました。ただ、長年の物置暮らしで、見るも無残な汚れっぷり。口に入れるものを作る道具だけに、2日がかりでピカピカに磨き上げました。

30余年ぶりの現役復帰

 いよいよ試運転です。

「うまく動かなかったら、投げるしかない(北海道弁で「捨てる」の意)」

 半ば開き直ってパン焼きスタートです。小麦粉はやはり道産小麦だろうと、札幌の木田製粉が製造している、コープさっぽろの「ゆめちからときたほなみを混ぜた強力粉」というストレートな名前の強力粉をチョイスしました。

内釜に材料をセットする

 羽根をセットした内釜に材料を投入して、ふたを閉め、スタートボタンを押すと…画面に「4時間13分」と残り時間が表示され、動き出しました。羽根が回り、材料が混ざり合う様子を見て一安心です。 

焼き上がりまでの時間が表示されホッとする

 ただ、気になるのは、その音。「キュルルルル」という甲高い"声"を発します。「もう若くないんだから」と文句を言っているよう。機械油でも差せば良いのでしょうが、手元にあるのはオリーブ油とごま油だけ。さすがに違うような気がして、やめておきました。

羽根はしっかり動いているようだ
ただし音がやかましい

 時折、様子を見に行きつつ、パソコン作業で時間を潰しているうちに、ふわりと漂ってきた香り。温かみのある生活、という言葉がぴったりな香りに、ほほが緩んでしまいます。

 焼き上がりを告げるブザーが鳴り、約30年ぶりの瞬間が訪れました。

無事に焼き上がった

 ふたを開けると…ちゃんと焼けている!見た目は、ずんぐりとした、やや背の低い食パンだけど、れっきとしたパンの形。かや布巾を使って内釜を取り出し、ひっくり返すと、するりと取り出すことができました。

ずんぐりとした食パン

 冷ましてから、やや厚めに2切れカットして、マーマレードとスライスチーズを添えて、いざ実食。これが、なかなかにおいしい。

見た目はいまひとつだけどおいしい

 続けてもう一度パンを焼きましたが、背丈は伸び悩んだまま。きっとレシピの問題なのでしょう。その後は、米を切らしてピンチの時に一度使ったきり。外物置から台所に移っただけの、ちょっと申し訳ない展開です。

飽きっぽいのは母譲り?

 ベーカリーは、きょうも静かに出番を待っています。

 新しいことにすぐ飽きる性格は、どうやら母譲り。でも、ベーカリーにしてみれば、寒さから解放されて温かい部屋でぬくぬく過ごせているのですから、きっと今の生活に満足しているはず。知らんけど。

 動かすたびに甲高い声を出して不満を漏らしてきますが、まあ、30年ぶりに働いているのですから、多少のわがままには目をつぶってあげましょう。これからも、気が向いた時だけの、ゆるやかな付き合いを続けていきたいと思います。

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はなふさふみ
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