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北まちごはん|ニシムラファミリーの銘菓ユカたん|掌編

北国に実在するお店や食べ物を題材に、日常生活の一コマを切り取った小さな物語。


 恵庭市恵み野(めぐみの)。1月。駅の東口から続くイチョウ並木の商店街を通り抜けて、10分あまり。閑静な住宅街。住宅の庭は雪に覆われている。

 時季になれば黄緑色の小花がふんわりと群れて咲くアルケミラ・モリスも、星形の花が愛らしいカンパニュラ・アルペンブルーも、銅葉が美しいユーパトリウム・チョコラータも見えなくなっている。

 見えるのは、所々塗装が剥げた灯油のホームタンクと、車のフロントガラスの凍結と格闘する父の姿だ。

「ただいまー」
「おおっ、週末なのに呼び出されて大変だったな。子どもたち、図書館から帰ってきてるぞ」
「なにやってるの」
「なにって、見りゃあ分かるだろ。フロントガラス、バリバリに凍ってるから、なんとかしようと思って。急に出かけるとき、困るだろ。だいたい1月に北海道で雨が降るってどうかしてるよな」
「確かに。道路も場所によるけど、スケートリンクみたいだったわ。まぁ、お湯でもかければいいじゃない。じゃーっとさ。沸かしてあげよっか」
「ばか野郎。お湯なんかかけたら、ガラスが割れるだろ」
「はいはい。そうだ、一休みしない?お菓子買ってきたんだ。ニシムラの『ユカたん』」
「ん、いいな。ちょうど疲れてきたところだ。こんなんなら、エンジンスターター付けておけばよかったよ。もう少ししたら行く」

 茶の間のテーブルの上に、ででんと並ぶ「ユカたん」の包装袋。

「おじいちゃん、これ、新幹線!」
「ん、新幹線って?」
「じいじ、サクが言っているのは、たぶん、袋の色のことだよ。ほら、北海道まで来てる新幹線って、確かこんな色でしょ。ねぇ、サク」
「そう、色。『はやぶさ』とおんなじ」
「なるほど、色か。しかし、ミサキもよく知ってるな」
「社会科で習った、ような気がする」
「気がするって・・・。二人とも新幹線はまだ乗ったことがないんだもんな」
「おじいちゃん、乗ってみたいー」
「ミサキも乗ってみたいな」
「そうか、じゃあ、今度じいちゃんと乗りに行くか」
「はいはい、おしゃべりはいったん中断して、おやつにしましょう。二人とも手は洗った?」
「はーい」
「父さんは?」
「俺もか」
「当たり前でしょ」

ニシムラファリーの銘菓「ユカたん」のパッケージ

「しかし、一時期見かけなくなったような気がしてたけど、まだあったんだな、このお菓子。母さん好きだったよな。これだけのために、店に買いに行ってたよ」
「んー、なんかね、会社が倒産したり、いろいろと大変だったようだけど、復活したみたい。やっぱり、おいしいからね。最近はさ、コンビニとかでも見かけるよ。これは道の駅で買ってきたけど」
「そうか。そういや、スーパーのビッグハウスあるところ、恵庭の高速行く途中の。確かあそこの中で作ってたんだよ」
「わたしよく知らないなー。まだ若いからなぁ」
「おまえ、もう44だろ・・・。そうそう、これこれ、懐かしいな。この中のクリームがうまいんだよなー」
「ちょっと、父さんなにやってるの」
「なにって、ほら、袋にくっついてる生地、もったいないだろ」
「だからって、前歯でこそげ取ることないでしょう。子どもたちも見ているのよ」
「おまえもすっかり母親だなぁ。これはだな、こういうおいしいものを作ってくれている人たちへの尊敬を込めて、残すことなく食べるという姿勢を見せてるんだぞ。サクも心して食べるんだぞ」
「よく分かんないけど、おいしい。ふわふわしてる」
「そうかそうか、良かった」
「まったく、父さんは孫には優しいんだから。わたしも優しくしてほしかったな」
「十分、優しくしてやったろ。むしろ、こっちが優しくしてほしいぐらいだ。さっきの新幹線の話で思い出したけど、ハヤシダさんとこの息子さんなんて、函館旅行と称して、一区間のみだけど、木古内から新函館北斗までの新幹線に乗せてくれたってさ。まさか生きてるうちに北海道で新幹線に乗れるなんて思っていなかったって感激してたぞ。やっぱり、持つべきは優しい子どもだよなぁ」
「なによー、ユカたん買ってきてあげたじゃない。それはそうと、子どもたち、新幹線乗りに連れて行ってくれるの? わたしは仕事が忙しくて泊まりがけで出かけるのは難しいから、助かるな」
「俺はいいけど。けど、一区間だけってのもな。10分くらいらしいぞ、乗ってるの。せっかく遠出するなら、子どもたちも、もうちょっと乗りたいんじゃないか」
「んー、じゃあ、新幹線で仙台まで行って、フェリーで苫小牧まで帰ってくるってのは。太平洋フェリーが就航してる。盛岡で乗り換えて秋田まで新幹線で行ってフェリーという手もある。こっちは新日本海フェリー。ただ、着く港が苫小牧の東港で、少し不便だけど」
「なるほど、フェリーか。さすが、旅行会社勤務なだけあるな。船旅もいいなー。ただ苫小牧に着いてからどうやって戻ってくるんだ。バスかなんかあるのか」
「うん、バスもあるけど、もし本当に連れてってくれるなら、苫小牧なら時間にもよるけど、迎えに行くよ。ここからなら、高速使えば1時間弱くらいかな。苫小牧中央インターができてから西港まで行きやすくなったし」
「よし。サクとミサキ、じいちゃんと新幹線乗ってみるか」
「やったー。いつ行くの?」
「おまえたちが休みの時だな。迎えに来てもらうことを考えると、イズミの仕事の都合もあるから、これからだと早くて春休みになるかな」
「あなたたち、それまでしっかり勉強しないとね。返事は」
「はーい」
「はーい」
「よろしい」
「サク、よかったね」
「うん!お姉ちゃん、すっごく楽しみ」

(2157字)

ニシムラファミリーの銘菓「ユカたん」

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