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足が冷たい

 わたしの足は、氷のように冷たい。靴下を二枚重ねても効果がない。「足の冷えない不思議なくつ下」をはいても不思議と温まらない。そんな足をサーモグラフィーカメラで撮影したら…きっとひざから下は真っ暗な影として表示されるに違いない。

…わたしの下半身はもしかして幽霊なのではないか?

 この仮説に思いいたった次の瞬間、脳内ではさまざまな「証拠」が結びついていった。

 まず、幽霊は体温が低そうだ。そもそも体温があるのか知らんけど。
 確かに、心霊スポットに行くと「急に周囲の温度が下がった」という話を聞く。わたしの足もまさにそんな状態ではないか。靴下を何枚重ねても温まらない理由も、これで説明がつく。

 幽霊は夜に出没しやすいという。わたしの冷え性も、夜は足の冷たさが際立つ。布団の中でもなかなか温まらない。これも、下半身が幽霊化しているからこその現象なのではないか。

 そんな冷え性との戦いの中、足湯を試してみた。洗面器にお湯を張り、足を入れる。なるほど、これは気持ちがいい。血行が良くなり、生き返ったようだ。ただ、身動きが取りにくい。

 この感覚を知っている。スノーボードだ。

 30歳を過ぎた頃、北海道に住んでいるのにスケートぐらいしか経験がなかったわたしは、スノーボードに挑戦してみた。札幌の石山通沿いに当時あったアルペンで道具一式をそろえ、ゲレンデに向かった。しかし、両足がボードに固定される拘束感に耐えられず、わずか2回でギブアップ。せっかくそろえた道具は、しばらく物置の肥やしとなった後、岩手の人にもらわれていった。

 そう、わたしの足は「自由」を求めている。幽霊のように、束縛を嫌う自由な魂を持っているに違いない。

 最近では、テクノロジーの進歩により、モバイルバッテリーで保温する靴下やインソールなるものが登場している。Amazonを検索すると、見た目が似た商品が無数に並んでいる。ただ、レビューを見ても「暖かい」「全然暖かくない。金返せ!」と真っ二つに分かれ、何を信じていいのか分からない。

 どうか早く、信頼できる保温グッズを出してほしい。でないと、わたしの足は本当に幽霊になってしまう。いや、もしかしたらすでに、昼間だけ人間のふりをした幽霊なのかもしれない。

 この仮説には致命的な矛盾点がある。それは、お風呂である。

 先ほどの足湯や、毎日のお風呂で、わたしの足はお湯の温かさを感じている。幽霊なら、お湯をすり抜けてしまうはず。むしろ、お風呂は一日の中で最も幸せを感じる瞬間と言っても過言ではない。

 この事実は、わたしの「下半身幽霊説」を完全に否定するものだった。

 しかし、ここで新たな仮説が浮かぶ。

 もしかしたら、わたしの足は「昼間は人間、夜は幽霊」という、都合の良い生活を送っているのではないか。お風呂に入るときだけ人間に戻り、出てしまえばまた幽霊に戻る。なんとも自由気ままな存在ではないか。

…論理が破綻しているような気がするが、そもそも最初から破綻しているので気にしないことにする。だって、こんなにも足は冷たい。

 われながら、よくもまあこんなくだらないことを思いつくものだと感心して、布団に入ったところで気が付いた。

 最近、SDGsとかカーボンニュートラルとか、環境に優しい生活が推奨されているけれど…もしかしたら、わたしの足って、かなりエコな生活を送っているのではないか?

 考えてみれば、熱をほぼ排出していない。

 身体の一部が幽霊化する、部分的なカーボンニュートラル。環境省は、この画期的な取り組みにもっと注目するべきではないか。冷え性の人は、実は知らないうちに地球温暖化対策の最前線で戦っていたのだ。

 あしたからは、足が冷たいことを後ろめたく思うのはやめよう。地球環境を考えた結果の、誇り高き選択なのだから。

…などと、自分を慰めているうちに、わたしの足は今夜も静かに人間から幽霊へと変わっていく。おかげで南極の氷が、また一かけら、守られたに違いない。

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はなふさふみ
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