絵暦のお誘い

来年2025年の大河ドラマ「べらぼう」の主人公は江戸の名プロデューサー、蔦屋重三郎です。

そこで皆さん、この年末年始は絵暦を描きませんか、というのがこの記事の趣旨です。

そもそも絵暦とは?

現代のカレンダーは「今日が何曜日か」を縦覧できるようにしたものが一般的ですが、曜日で休む感覚のなかった江戸時代においてはそれよりも「今月は何日あるのか」が重要でした。なぜなら当時の暦は太陰太陽暦であり、現代のように「1月は必ず31日まで」といった常識が通用せず、年によって30日までだったり29日までだったりしたからです。

そのうえ、当時の江戸では掛け払い(要するに今日でいう「ツケ」)が主流であり、月末にはそれらの支払期日がやってくるという仕組みになっていたので、祖もすると現代以上に「今月は何日あるのか」を知ることが重要だったようです。
しかし当時の江戸幕府は暦を勝手に発行することを禁じていました。そこで江戸の商家は、「ただのイラストの入ったチラシです」という体で暦を頒布することにしました。これが「絵暦」です。
この「絵暦」、ほとんどの場合は毎月の大小だけが書かれていたことから当時は「大小」と呼ばれることがほとんどでしたが、明治以降に「それでは何の大小なのかわからん」ということで「大小暦」とか「絵暦」とか呼ばれるようになりました。
そのため本来は「絵暦」と呼ぶのは厳密には誤りなのですが、わかりやすさのため本稿ではあえて「絵暦」と呼ぶことにします。

また、「絵暦」は江戸っ子の凝り性な性格ともマッチしました。すなわち、絵暦に判じ絵(今でいう謎解きのようなもの)のエッセンスを組み込むようになったのです。これにより江戸では絵暦文化が盛り上がり、ついには年末に「絵暦交換会」なるものが開催されるようになりました。年末に自分で作った絵を交換し合う……なんかどこかで聞いたことがあるイベントですね。

その後この絵暦交換会は更にエスカレートしていきます。これにより多色刷りが急速に発展し、のちの「錦絵」が生まれるきっかけともなりました。この錦絵のプロデュースで名を上げたのが2025年の大河ドラマの主人公・蔦屋重三郎です。

絵暦のいろいろ

なおこの項で使用している画像は国会図書館デジタルコレクションから引用しています。

絵と暦が分離している

最もシンプルでわかりやすいもので、絵と暦が分離しているものです。
なお前述のとおり、暦といっても月の大小(30日まであるのか29日までしかないのか)がわかるだけの単純なもので、場合によっては干支なんかが入る場合もあります。

左上の八橋上の帯に書かれたものが大小。



『東海道五十三次』で知られる安藤広重の作品。
こちらは右上に大小。道具屋のチラシでしょうか、取扱品目をあしらった絵になっています。

絵の中に暦が書かれている

絵暦の真骨頂と言ってもいいでしょう。
絵をよく見ると、絵の中に月の数字が書かれていてそこから大小を読み解くようになっているものです。

店の中の様子ですが、奥の柱に大小が書かれています。
右下の凧に市松模様が描かれており、
白抜きの「正」「四」「閏五」「七」「八」「十」「十一」が大の月、
白地の「二」「三」「六」「九」「十二」が小の月を表しています。
なお「閏」は「壬」と略されることがほとんどです。
傘を被った人物が蝶の玩具(?)をユラユラさせていますが、
それぞれが「大」「小」を象っています。
ここから、背中の「正」「二」「四」「六」「七」「九」「十一」が大の月、
袖の「閏正」「三」「五」「八」「十」「十二」が小の月とわかります。
寅年のもの。
虎の絵が小の月(ヒゲが小を表している)の「正」「三」「五」「閏七」「九」「十一」を、
賛の「寿」の字が「二」「四」「六」「七」「八」「十」「十二」の文字で構成されています。
屏風の「龍」の字が「正」「二」「四」「六」「八」「十」「十二」で構成されています。
落款に「大」とあるのでこれらが大の月でしょう。
おめでたい宝船の絵です。
宝船が「正」「二」「三」「七」「九」「十一」「十二」で構成されており、
帆に「大」とあるのでそれらが大の月だとわかります。
ペーパークラフトで三方が作れるという代物。
のりしろに書かれた「二」「四」「六」「七」「九」「十一」が小の月になっています。

賛に大小が詠み込まれている

掛け軸などで絵に添えられた詩や文のことを「賛」といいますが、その賛に大小を読み込んだものです。

「大わらい二(に)ぎやかに四(し)て七(なな)九(く)さを わた霜(しも)うたん極(ごく)へたなれど」
という狂歌に「大」の月の「二」「四」「七」「九」「霜」「極」が読み込まれています。
「霜」は霜月つまり11月のこと、「極」は「極月」つまり12月のことを指しています。
前半に「大」「九」「二」「極」「七」「五」「三」
後半に「小」「十」「四」「八」「六」「正」「霜」が読み込まれています。
「大小をゆきつもどりつかぞふべし 中の小ざるでおどる六七」とあります。
これはつまり「大小大小の順に並んでいるけれど6・7月だけは小の月が続く」ということで、
「2・4・6・7・9・11月が小の月だ」とわかります。

絵が大小を暗喩している

更に難易度が上がります。
実際に月名を描くのではなく、何らかの方法で大小の並びを絵の中に描きこむものです。
以前「藤井聡太が解いた詰将棋」(https://www.tokyo-np.co.jp/article/354025)として話題になった詰将棋もこれにあたります。

連凧の黒白が大小を表しており、「1・2・4・6・8・10・12月」が大の月だとわかります。
シャボン玉の大小が月の大小をそのまま表しています。
13個あるのは閏11月があるからです。
1年の様子が双六になっています。各マスに「大」「小」とあるので、月の大小がわかります。
絵ではなく書ですが、よく見るとそれぞれの文字に「大」「小」が含まれており、
各月の大小がわかるようになっています。
掛け軸の絵です。
左下に「有篇小」とあるので、「へん」のある「1・4・6・7・9・10月」が
小の月だとわかります。

特になにもない

絵暦全盛期には絵暦のふりをして、実はどこにも暦要素がないものも現れました。
これが本格的に絵として「錦絵」や「浮世絵」へと発展していくことになります。

皆さんも絵暦を作ってみませんか

ここまで絵暦のいろいろを紹介してきましたが、ここからが本題です。
2025年に向けて、みなさんも絵暦を作ってみませんか?
年賀状に書き込むもよし、「現代の絵暦交換会」ことコミケで頒布するもよし、みんなで絵暦を交換し合いましょう。
なにより私が令和の絵暦をたくさん見たい浴びたいのです。
どうか皆様、よろしくおねがいいたします。

ちなみに、令和七年の大小は
 正月 大
 二月 小
 三月 大
 四月 小
 五月 小
 六月 大
閏六月 小
 七月 大
 八月 小
 九月 大
 十月 大
十一月 大
十二月 小
です。ご参考までに。

参考文献

矢野憲一『大小暦を読み解く』大修館書店

私が絵暦に興味を持つきっかけになった本です。
図版も豊富で、わかりやすい解説もあり絵暦の世界に入り込めると思います。

岡田芳朗『江戸の絵暦』大修館書店

フルカラーでたくさんの絵暦を浴びられます。
巻末の「大小から何年なのかを引く表」もすこぶる便利です。

長谷部言人『大小暦』龍溪書舎

絵暦のマスターピースとも言える本です。
絵暦の研究はここから始まったと言っても過言ではありません。

宣伝

宣伝になりますが、2024年の冬コミ及び2025年2月のコミティアで私も暦を頒布します。絵暦もお配りする予定ですので皆様是非お越しください。


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