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AIの発展で識字率が下がる?

サウナでTVをみながらぼんやり考えたんですが、生成AIの発展で人口の識字率が下がる展開、わりとあるんじゃないか。

AIのアシスタンスやエンパワメントに頼っていると、自分で読解したり計算したりする必要がなくなりますからね。

現に、どこかで聞いた話ですが、最近はマニュアルが読めなかったり、お釣りの計算ができなかったり(しかもそれでいて本人は平然としている)というZ世代の若者が少なからずいるみたいですしね。これは、Z世代に片足突っ込んでるような自分でも体感的によくわかる。もう一、二世代ぐらい経ると、非識字人口が有意に目立ってくる可能性は決して過小評価できないでしょう。

まあポジティブに考えれば、逆に、読み書き計算に知的リソースを割かなくてよくなる分、野生味の強い、本能のより深い部分を賦活するような、古くて新しい(超)能力が開花する可能性はある。盲目になって、逆に聴覚が発達したり、第六感的なものが開花したりする的な。あるいは、プロスポーツ選手とか、結構お勉強の方はヤバい人も少なくないわけですが、識字率が下がると、そんな人がむしろ普通、ノーマルになる線もみえてくる。

今の、知識労働や感情労働とは別の仕方で、人間の才能を伸ばしていく必要が出てくるかもしれません。


というか、Z世代の次の「アルファ世代」(2010〜)とか、生まれて初めて体験する教育機会がもうiPadになってしまっているわけですが、

ああいう「直感的なインターフェース」に慣れると、文字を正しく読み書きする、暗記して多少無理矢理にでも知識を詰め込む的なことから、しだいに離れていくように思います。

よく、デジタルデバイスでは学力は伸びない、従来の「紙と鉛筆」スタイルによってこそ、手を使うことで脳も活性化され、学習効果は高まるんだという話がされますが、

むしろ、「iPad的知力」を基準にして、世の中は回っていくようになるんだとも思うんですよね。

そうすると、やっぱり識字率みたいなのも、水面下でどんどん低下していくだろうと。若い人たちの知的能力に、無数の「スポット」ができる。文章の一部がわかってないまま、いちおう一通り最後まで読んでわかった気になっている。まあこれ、現に発生してることでもあると思いますが、こういうのがますます大規模化していくんだと思う。

AIを活用するというとき、今の人だったら、たとえば英語の文章を読んで自信がないのでAIに翻訳させて、「ふむふむそういうことか」と納得している感じですけど、

近未来の人間は、母国語の文章に対してすら、AIにわかりやすく要点をパラフレーズしてもらって初めて、自信を持って先に進めるような感じになるのでは。

「小学生新聞」的なノリの基礎的な日本語にしてもらわないと理解できない人が増える。というかそれがマジョリティになると。昨今、弱者やマイノリティへの理解・サポートが叫ばれているように、やがて、難しい日本語が読めないアルファ世代、ベータ世代のための理解・サポートが、同じようなノリで叫ばれていくようになるんじゃないか。これもまた、全体としては、識字率を下げる方向の力学と軌を一にしている。


近未来においては、「平成の人たちは紙と鉛筆で勉強し、学習効果を高めることに成功していた。私たちも先人を見習って、アナログな勉強法を実践しよう!」みたいなことを、そのころおそらく「伝統文化」化した塾の先生(今でいう茶道の先生みたいな)あたりが言い出すんじゃないでしょうか。NHKの夕方の地域番組あたりでも、「手を使って学ぶ試み」が微笑ましく紹介されるような展開。うーむ、いやはや・・。

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