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『マチネの終わりに』美しくも特別でもないこと[ネタバレあり]

読みました。


あらすじより

たった三度出会った人が、誰よりも深く愛した人だった――天才ギタリスト・蒔野聡史、国際ジャーナリスト・小峰洋子。四十代という〝人生の暗い森〟を前に出会った二人の切なすぎる恋の行方を軸に芸術と生活、父と娘、グローバリズム、生と死など、現代的テーマが重層的に描かれる。最終ページを閉じるのが惜しい、至高の読書体験。


前半はちょっとずつ毎日読んで、後半はあの「メール」事件から展開が気になって一気に読みました。ネタバレ有りの感想ですので,これから読まれる方はご注意ください。とても語りたくなる小説で,読書会も開かれているそうです。私も語りたい!


①恋愛と「会う」意味

私が読んだ文庫本の帯や,あらすじには

「たった三度出会った人が、誰よりも深く愛した人だった」

という文言があり、これはいきなりネタバレじゃないかしらん、とも思ったのですが、よく考えれば「心から互いに求め合う二人が離ればなれになり、その後も、時間も距離も遠く隔たっても、お互いの事を忘れずに生きる話」という意味では、物語の王道だとも言えます。そういう意味で,離ればなれになった二人が,その後どうするのか?という方が大事だということでしょう。

私が読んだなかで、すぐに思い出せる物語の中では,三浦しをん『ののはな通信』と藤沢周平『蝉しぐれ』がこの類に属します。このような場合,最終的に①②③どちらかの終わり方になる気がします。

①再会して,縒を戻す(よりをもどす,と読むそうです。この小説に出てきた,あまたある読めない漢字の一つ)。

②再会するけどよりを戻さない。 

③再会しないまま、互いを思い続けて心のよりどころとし、それぞれの人生を生きる。

『ののはな通信』『蝉しぐれ』、それぞれがどの結末なのか,是非お読みください。


どちらもお勧めです。『蝉しぐれ』は上下になっているのね。


ののはな通信も,文庫出ていた。

そしてこの『マチネの終わり』の二人も,離ればなれになったあと再会できるのか~~どうなるんじゃ~いというのが後半の楽しみです。


直接会えるか会えないか,の違いは、恋愛において大きいのでしょう。

洋子とマキノは「たった三回あっただけ」ですが強く強~くお互いに惹かれ合います。しかし,マキノは日本に,洋子はパリにいて,さらに洋子は取材でイラクのバグダッドに行ったりしていて,なかなか会えない。

(といいながらも,スカイプでたくさん話しているし,それも現代的感覚では「会った」にはならんのかな~と思いました。)

あくまで直接会ったのが3回という。この,二人が会えない,というのがすれ違いのポイントです。

②近くにいる人だからこそできる献身

(家事・介護・育児・病気療養のおせわ・義理の家族との付き合い・パートナーの友人との付き合い・パートナーの仕事関係の人との付き合い・その他無限etc.)」

というものは、確かにたくさんあり,「その献身への感謝や負い目」みたいなものが関係を進めたり,強くしたりすることもあると思います。

「こんなに良くしてもらってるんだし」みたいな。

逆に,「してもらっている」からという感謝から,その人と別れられないということも有るかもしれません。

作中では特に「三谷早苗」と「リチャード」がそれぞれ「献身する人」「献身するし,相手にも同じ献身を求める人」として描かれます。

そばで仕事やプライベートを支えてる。

近くにいて、いつも肉体的にふれあえる。

傷つき、病んだとき、そばにいて支えられる。

子育てを協力し合える。

これらは全て大事なこと。そして,洋子とマキノはこれらの「献身」が少ない関係です。

洋子とマキノはとにかくお互いと話しているのが楽しい。

互いの職業への向き合い方を心から尊敬している。あなたと話しているときの私が好きだ。

自分の良さを相手が理解してくれる。自分が好きな自分でいられる。

でも,近くでお互いを支えられないので,不安になります。洋子は,三谷がマネージャーとしてマキノを近くで支えていることに嫉妬して,自分の「愛の実質」ってなんだ?ということを思ったりします。

難しい~~。特に中盤,会えないことから,ちょっとありえないくらいにすれ違いまくります。


③三谷早苗・リチャード:「俗」っぽさ

この小説の読後感「語り合わずにおれない」効果を促進させているのが,間違いなく助演のこのお二人でしょう。

三谷早苗:マキノのマネージャー。

最初からずっと職業的使命感以上の熱い愛でマキノを見つめ,支えるが,マキノは全く気づかない。(気づかなすぎるマキノもある意味すごい。)彼女の起こした「メール事件」が大きなきっかけとなり,洋子とマキノは別の道に。三谷とマキノは結婚,のちに娘が生まれる。

リチャード:

洋子の婚約者。ニューヨークの大学で経済学を教える。洋子との子どもを強く望む。洋子が「メール事件」でマキノと別れたあと,洋子と結婚して息子が生まれる。

主人公のマキノと洋子は,普通の人ではない,特別な能力,才能を持ち,「聖」的な面がある人として描かれています。

教養,センスがあり,ほとんど会ってないお互いの,非常に深いところまで理解し合う。美しくて特別な人同士の,美しい恋愛です。

それに対して,

リチャードと三谷は「普通」「俗」の面を持っていて,特別ではない人としての描写もとても優れています。

三谷は,マキノに大きな秘密があり,それを隠してるとき,妊娠してもう臨月,みたいなとこでそれを告白します。

リチャードも,妻となった洋子はマキノにまだ未練を抱いてるのでは?みたいなことを,洋子がリチャードとの子どもを妊娠してるときに聞きます。

これ凄い。

もう子どもがいるから,パートナーがよそには行かないって思ってる?的な描写かと思いました。

多少何かあっても子どもや子どもとの生活のために,これからも私と一緒にいるでしょ,みたいな考えですね。

この聖と俗,凡人と天才の差みたいなものを結構残酷に描き出すところもこの小説のテーマかなと思いました。

主人公2人は誰が見ても美しい,特別な人で,その神聖さを美しく描いていますが,「俗」の人にも,その人の物語があるということでしょう。

おもしろかった~。

*お写真:スペインの写真を探しました。美しい。いつか行ってみたいです。

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