当事者性と他者性をめぐって
普段、「当事者」と自分自身のことを呼ぶ人たちと一緒に活動しています。ここでの当事者とは、精神疾患をもつ人たちのこと。
彼らはピア(仲間)活動をしています。その活動は、当事者以外も誰でも参加OKなので、私も定期的にイベントや勉強会、飲み会に参加しています。初期の頃はよく、「うわ〜発言が支援者っぽい!(笑)」などからかわれたりして。そうやって仲間に入っていきました。
そこから派生した精神医療の権利擁護団体に今は所属しているので、私の人生はそのピア活動によって大きく変わったと思っています。
当事者のもつ力は凄まじいです。私の得てきた専門性も、経験値には敵わない場面が多々あります。当事者が専門性を身につけると、すごいサポートができます。でもそこで、「自分は専門家なのか?当事者なのか?どちらを軸におくのか?」と迷うことがあると聞きます。
そう、「当事者」とは、アイデンティティなのですよね。別に精神疾患をもっていても当事者と名乗る必要はないのです。当事者とは、「当事者として生きている」ということです。
ピア活動に参加する私は、他者性をもってそこにいます。仲間に入っても、私はその中で圧倒的に他者なのです。
一方で、私もなにかの「当事者」ではあって。その当事者性を前に出して仕事をしようと考えている時期がありました。
当事者性のある仕事って、たくさんあります。たとえば、なにかの被害経験を持つ人が、同じ境遇で困っている人の支援者となる例があったり。子育て中の女性がママ目線でビジネスを始めたり。自分や家族の経験を開示しているカウンセラーやアーティスト、経営者もたくさんいます。
専門職のスーパーバイズも当事者性のある仕事だと思います。自分の経験値と専門性で、同業の後輩をスーパーバイズする。ここには大きな当事者性があります。専門性✕経験値。当事者性のある仕事は強い。
フリーランスになったばかりの頃の私は、その専門性✕経験値に魅力を感じていました。その頃のお客さんは新人ソーシャルワーカー、独立を考えている人、やりたい仕事がわからず迷っている人、ライフワークバランスを整えたい人…など私が通ってきた経験をしている人たちでした。
当事者性を前に出して働くということは、自分の経験を開示するということです。SNSで発信した私の経験を見て、話したいと思ってくれた人がお客さんとしてくる。同じ経験をしているからこそ、始まりはかんたん。話は早い。深くわかりあえる。彼らとの対話は、私にとって(あくまで私にとって)いい時間でした。
しかし、4年経って蓋を開けてみると、他者性を大事にして働いている私がいます。なにがあったんだい、私。
他者性とは、目の前の人の悩みとは全然関係ない位置にいるということです。
わかりやすく言えば、相手(お客さん)は妊娠中だけど、相手は離婚の手続き中だけど、相手は仕事が苦しいけど、相手は心療内科受診を考えているけど、私はそうではないということです。
当事者性のもつ、共有できる経験値はそこにはありません。でもお客さんの住む苦しい世界に、他者として入る意味は大きい。当事者性と同じくらい、大切です。
他者性は冷静さと、興味関心と、広い視野があります。違う世界で生きてきたからこそ、違う視点を入れることができます。ちなみによく言われる中立性の立場ともまた違います。私はお客さんの話を聞きながら、他者性をもって怒ったり喜んだり叫んだりすることもあります。
他者性にたどり着いたのは、冒頭で話したピア活動で当事者と一緒にいるからです。他者として人とつながる方法を、私は彼らから教えてもらいました。さらに言えば、私の当事者性が役立つ先は本当に限定的だったということもあります。それよりももっと幅広い層のお話を聞きたい。そんな思いと共に、私の仕事は日々変化しているのでした。
とりあえず、現時点で考えていること。備忘録として。
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2024年のテーマは、やめるまで楽しむこと。手放すことを恐れず、その瞬間までを楽しめばいい。そんなハマダのこだわり記事はこちらに収めます。
「ソーシャルワークひとりごと」にも収録
ハマダユイ
ソーシャルワーカー12年目。大学教員をやりながら、相談室バオバブで個別相談を受けている。精神疾患にまつわる悩み事、家族のこと、人間関係のこと、仕事のこと…。いろんな人と一緒に作戦会議を開く毎日。
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