僕の好きな詩について。第四十五回 瀧口修造
僕の好きな詩について好き勝手言うnote、第四十五回は瀧口修造です。
彼は前回の西脇順三郎氏を中心としたアンソロジー「馥郁タル火夫ヨ」に列席しており、よく一緒に散歩していた仲とか。西脇氏と同じく詩人で画家のシュルレアリスムの旗手で、一生を美に捧げた人物です。
では、詩をどうぞ。
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妖精の距離
うつくしい歯は樹がくれに歌った
形のいい耳は雲間にあった
玉虫色の爪は水にまじった
脱ぎすてた小石
すべてが足跡のように
そよ風さえ
傾いた椅子の中に失われた
麦畑の中の扉の発狂
空気のラビリンス
そこには一枚のカードもない
そこには一つのコップもない
慾望の楽曲のように
ひとすじの奇妙な線で貫かれていた
それは辛うじて小鳥の表情に似ていた
それは死の浮標のように
春の風に棲まるだろう
それは辛うじて小鳥の均衡に似ていた
遮られない休息
跡絶えない翅の
幼い蛾は夜の巨大な瓶の重さに堪えている
かりそめの白い胸像は雪の記憶に凍えている
風たちは痩せた小枝にとまって貧しい光に慣れている
すべて
ことりともしない丘の上の球形の鏡
ポール エリュアールに
1
天使よ、この海岸では透明な悪魔が薔薇を抱いている。薔薇の頭髪の薔薇色は悪魔の奇蹟。 珊瑚のダイナモによりかかりおまえの立っているのは砂浜である。 神が貝殻に隠れたまうとき破風に悪魔の薔薇色の影がある。 それは正午である。
2
やさしい鳥が窓に衝突する。 それは愛人の窓である。暗黒の真珠貝は法典である。 墜落した小鳥は愛人の手に還る。 蝸牛を忘れた処女は完全な太陽を残して死ぬ。 舞踏靴は星のようにめぐる。
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フランスの大詩人のひとり、エリュアールに詩を宛てるほどですので、やはりフランスの薫りがしますね。学生の頃から原文でエリュアールやブルトンに親しんでいたそうです。
ちなみに帷子耀さんと瀧口氏は、最後まで書ききらない、未完の、つまり永遠に続き得る詩が散見されます。まさにそのように、と言えるかは分かりませんが、瀧口氏は、美と美術へ永続的に貢献しています。(例えば草間彌生さんも瀧口氏の芸術推進活動から世に出ています。)
ちなみに、「妖精の距離」が収録されてる詩画集は180万円で取引されるレア本、、集中の「妖精の距離」と「遮られない休息」と言うタイトルの詩は音楽家 武満徹氏をインスパイアし、氏は同名の曲を書いています。
第二次世界大戦の頃、シュルレアリスムの芸術家は特高に逮捕され、国際共産党との関係を尋問され、瀧口氏も八ヶ月間勾留されています。スパイとして、言葉に出来ない責苦を受けたのではないかと思われます。
美の代償、という概念はあまりに不条理ですが、そのような時代が二度と来ないことを選択していかねばなりません。
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(以下の詩は僕の一番好きな詩ですが、長くてエロティックなので、興味のある方だけ、どうぞ。)
絶対への接吻
ぼくの黄金の爪の内部の滝の飛沫に濡れた客間に襲来するひとりの純粋直感の女性。
彼女の指の上に光った金剛石が狩猟者に踏みこまれていたか否かをぼくは問わない。
彼女の水平であり同時に垂直である乳房は飽和した秤器のような衣服に包まれている。
蝋の国の天才を、彼女の仄かな髭が物語る。 彼女は時間を燃焼しつつある口紅の鏡玉の前後左右を動いている。 人称の秘密。 時の感覚。 おお時間の痕跡はぼくの正六面体の室内を雪のように激変せしめる。 すべり落とされた貂の毛皮のなかに発生する光の寝台。 彼女の気絶は永遠の卵型をなしている。 水陸混同の美しい遊戯は間もなく終焉に近づくだろう。 乾燥した星が朝食の皿で轟々と音を立てているだろう。
海の要素等がやがて本棚のなかへ忍びこんでしまうだろう。 やがて三直線からなる海が、ぼくの掌のなかで疾駆するだろう。 彼女の総体は、賽の目のように、あるときは白い、あるときは紫に変化する。 空の交接。 瞳のなかの蟹の声、戸棚のなかの虹。 彼女の腕の中間部は存在しない。 彼女が、美神のように、侵食されるのはひとつの瞬間のみである。 彼女は熱風のなかの熱、鉄のなかの鉄。 しかし灰のなかの鳥類である彼女の歌。 彼女の首府にひとでが流れる。 彼女の彎曲部はレヴィアタンである。 彼女の胴は、相違の原野で、水銀の墓標が妊娠する焔の手紙、それは雲のあいだのように陰毛のあいだにある白昼ひとつの白昼の水準器である。 彼女の暴風。 彼女の伝説。 彼女の栄養。 彼女の靴下。 彼女の卵巣。 彼女の視覚。 彼女の意味。 彼女の犬歯。 無数の実例の出現は空から落下する無垢の飾窓のなかで偶然の遊戯をして遊ぶ。 コーンドビーフの虹色の火花。
チーズの鏡の公有権。 婦人帽の死。 パンのなかの希臘神殿の群れ。 霊魂の喧騒が死ぬとき、すべての物質は飽和した靴を携えて旅行するだろうか誰がそれに答えることができよう。 彼女の精液のなかの真紅の星は不可溶性である。 風が彼女の緑色の衣服(それは古い奇蹟のようにぼくの記憶をよびおこす)を捕らえたように、空間は緑色の花であった。 彼女の判断は時間のような痕跡をぼくの唇の上に残してゆく。 なぜそれが恋であったのか? 青い襟の支那人が扉を叩いたとき、単純に無名の無知がぼくの指をひっぱった。 すべては氾濫していた。 すべては歌っていた。 無上の歓喜は未踏地の茶殻の上で夜光虫のように光っていた、、、、、、 Sans date
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最後の「Sans date」はフランス語で日付なし、という意味のようです。
いつか詩集を出したいと思っています。その資金に充てさせていただきますので、よろしければサポートをお願いいたします。