マガジンのカバー画像

mix

53
ツイッターまとめなど @Hello_my_planet
運営しているクリエイター

#小説

へその緒

へその緒

 やあ、いいところに来たね。ちょうどぼくは、おまえが用いる〝ぼくら〟という名前の国について、自分なりに考えていたところだったんだ。「世界一小さい国だね」なんておまえは言っていたけれど、少し考えてみたらまったくそんなことはないことが分かったよ。だって、明らかに、絶対に、〝ぼく〟という国の方が小さいに決まっているんだから。そんなことはない? へえ、おまえは〝ぼくら〟より〝ぼく〟の方が大きくてすばらしい

もっとみる
アリの巣

アリの巣

「ねえ、地球上の生き物みんなが人の言葉を話しはじめたら一体どうなると思う?」
 今から随分と昔の話だ。ある昼下がり、真上の太陽がさんさんと光を降り注ぐなかで、ふと友人がそんなことを言った。まったく風のない、春と呼ぶには暑い日だった。
「そしたらぼくら、今にも人殺しになるねえ」
 そのとき私はそのようなことを口にしながら、友人が手にしているバニラ味のアイスバーがじわじわと溶け、白と呼ぶべきか分からな

もっとみる

孤独に近いものの名を上げてみよう。昨日の後悔、去年の怒り、それより前の哀しみ、生まれたときに上げた泣き声。すべて正しい。それではぼくは? きみのこれまでをすべて知り、けれどもそれから先は知り得ない、このぼくは? ぼくの名前は、〝昨日〟、と言う。ぼくは孤独か、永遠に?

ノンブレス 04

ノンブレス 04

 彼女は足にだけマニキュアを塗る。理由を問えば、自分はぶきっちょうだからと、彼女は自分の左手を指差して笑った。ぶきっちょう。不器用。不器用。左手よりは器用な、しかしそれでもぶきっちょうである彼女の右手が塗った足のマニキュアが、影の中に赤く浮かんでいた。
『ハナノカゲ』

 春が青いなんてのは、大人の嘘だ。少年は心の中で呟いて、少し前を歩く少女の後ろ姿を見やった。その背で茶の髪が光に照らされ、半ば金

もっとみる
ノンブレス 03

ノンブレス 03

 あなたは輝く瞳で、未だ風を追っている。それなのにおれは、風の匂いも分からない。分からない大人になってしまったよ。海鳴りの音、泳ぐ魚、それも聴こえない、その色も見えない大人になってしまった。あなたが船上で手を振る。おれの手が届かない処で。届かない処で。
『モスキート』

 おまえは知らないだろう、おれはおまえを愛しているのだ。おまえのためなら毒も呷ろう。悪魔に魂を叩き売っても構わない。おまえがおれ

もっとみる
ライト

ライト

 教室の壁際から見る空は、遠いな、と思った。
「――そんなわけで、再来週から中間テストだ。お前ら、今年は進路のこともある。くれぐれも気ぃ抜くなよ。あといろいろと面倒だから、俺の教科で赤点は取らないように」
 クラス替えをしたというのにも関わらず、何故か去年と変わらない担任教師が、呆れ笑いを浮かべながらそんなことを冗談めかして口走っている。
 教室の壁に半身を寄り掛からせて、聞き慣れたその、少し気だ

もっとみる
きみとぼく、わたしとあなた

きみとぼく、わたしとあなた

※こちらは、二〇一四年に執筆した小説群のまとめになります

『ざらざらの舌』 20140701
 くらり、眩暈がしたふりをして、わざと階段から落ちた。ゆらり、つまずいたふりをして、わざと崖から転がり落ちた。それでも誰も、誰一人だ、わたしのことを見ようともしなかった。まるでわたしがこの世にいないもののように、みんな早足で傍を通り過ぎていった。わたしがここにいることを証明するのは、何人かの人間がわたし

もっとみる
ノンブレス 02

ノンブレス 02

 白昼に月、あなたはまた、あの白い光に焦がれているのだろうか。おれは月に焦がれない。誰が焦がれてやるものか。月よ、と思う。月よ、おまえがここまで落ちてこい。おまえのその、青い白を砕かせろ。あの人の目まで届かぬよう。——『狼』

 夜闇を切り裂く、一筋の光よ。飛行機の背びれよ、翔ける白鳥の羽よ。それは今、おまえの瞳の膜をも真直ぐに切り裂いた。ぽたり、落ちる涙の雫に映るのは、空向かう者の銀翼の心か、落

もっとみる
ノンブレス 01

ノンブレス 01

 「おれはおまえの幸せだろう」。そう呟いた彼の顔は昇る朝陽に照らされてよく見えない。極彩色が瞼の奥を叩くのを少女は感じた。喉の奥から絞り出した少女の声は音になっていただろうか。「あなたの幸せが、わたしなのよ」。彼はこちらを見なかった。——『幸』

 あの人が死んだ、と風の便りで聞いた。特別驚きもしなかったが、ぬるい哀しみは波紋のように胸に広がる。おれも年をとったものだ、と老人はゆっくりと目頭を押し

もっとみる