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美術史第2章『美術史とは』
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美術史とは美術についての歴史を研究する学問分野で、ヨーロッパでは古代ローマの時代のパウサニアスの「ギリシア案内記」や大プリニウスの「博物誌」といった様々な学問について記した書物で芸術家や作品についての歴史などの解説がすでに見られ、中世ヨーロッパでも巡礼案内や都市案内記、芸術家伝記として美術に関する記述が行われていたものの、本格的に芸術の歴史を纏め上げたのは1550年に出版されたイタリアの建築家でミケランジェロの弟子ジョルジョ・ヴァザーリの著書「画家・彫刻家・建築家列伝」で、ここでは一人一人の芸術家達に関する記述とともに芸術の歴史の流れも記され、これにより”美術史”という学問は誕生したといえ、ここでは美術の中にある図像を分析するイコノロジーの手法が取られておりヴァザーリは世界でも最初に美術評論を本格的に行なった人物ともなっている。
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その後にはオランダの画家カレル・ヴァン・マンデルなども芸術家たちを紹介しつつ記す列伝の方式でイコノロジーによる分析を使った美術の評論・歴史について書物を執筆、そして、18世紀中頃にはドイツの美術史研究者ヨハン・ヨアヒム・ヴィンケルマンが「ギリシア芸術模倣論」や「古代美術史」を表し、それぞれの場所や時代で美術の様式が展開してゆくという「様式論」を用い、エジプトやローマなど各地域、各時代事に美術史を区分、「美術史」を近代的な体系を持った学問とした。
このヴィンケルマンは「芸術は古代ギリシアに完成されそこを目指すべきものである」という思想を持っており、この書物でも古代ギリシア芸術など古代芸術を礼賛、賛美、これは世界最高の詩人となるヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテや、優れた詩人で転生説などを唱えて思想の面で大きな影響残すゴットホルト・エフライム・レッシングなどに影響を与え、当時流行していた啓蒙主義と合わさって新古典主義と呼ばれる芸術の流れを作り出すこととなり、派手なバロック芸術やロココ美術が終焉、代わりに文学や美術の変化に加えて、音楽では古典派音楽、建築では新古典主義建築などの時代に移行することとなった。
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19世紀後半になるとイタリアの医者ジョヴァンニ・モレッリによって直感による美術鑑定ではなく、美術の中で無意識に描かれる耳や爪などの細部を見て鑑定を行うという方法を考案、多くの作品を鑑定し、それ以降、バーナード・ベレンソンなどの美術史研究者がこの方法を用いるようになり、美術作品への鑑定技術が大きな進歩を遂げるとともに、独立した一つの学問としての「美術史」が誕生、ここでは美術内の図像の意味を分析するイコノグラフィーも続けられた。
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1901年には広い地域と時代の美術の題材の分類法と発展の法則を書いたアロイス・リーグルの「末期ローマの美術工芸」が出版され、これをスイスの美術史家ハインリヒ・ヴェルフリンにより整理、ヴェルフリンは14から16世紀の古いヨーロッパ芸術の復興を目指していた時代の明瞭で秩序的な美術をルネサンス様式、16から18世紀の変化に富んだ美術をバロック様式と名づけ分類するなど時代性や地域性、芸術家の才能だけではなく全体的な様式の美術史を開始、それ以降、アンリ・フォシヨンなどにより、より正確な様式分類が進むこととなった。
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一方ではフランスのエミール・マールやチェコのマックス・ドヴォルシャックの研究による図像や鑑定の研究が進んでおり、これをもとに、アビ・ヴァールブルクやエルヴィン・パノフスキーがその美術作品の主題や意味に注目し、その作品を産んだ文化的背景に照らし合わせて作品自体の意味を解読しようとする新しいイコノロジーが誕生、第二次世界大戦後にはこの新しいイコノロジーの分析に心理学や社会学、文化人類学などが用いられるようになり、作品への調査もX線技術や化学分析技術の導入により劇的に発展した。
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20世紀後半になると巨匠の作品の主題や表現、様式によって美術史の時代を区分している節があることや、ほとんどヨーロッパの上流階級の美術しか美術史では研究されていないことなどが批判され、様々な観点から美術史を研究し従来の美術史を再編する「ニュー・アート・ヒストリー」という潮流が英米を中心に起こっており、2000年代以降もその流れが続いているようである。