【広告本読書録:069】最も伝わる言葉を選び抜くコピーライターの思考法
中村 禎 著 宣伝会議 発行
中村禎さんをはじめて知ったのは、ぼくがコピーライターをはじめて間もない頃。当時勤めていた広告代理店の制作部に数冊だけあった『コピー年鑑』にそのお名前を見つけました。
その年に中村さんはTCC最高新人賞を受賞。ソニーの目覚まし時計の広告でした。
誰も起こしてくれない、一人暮らし。
悪いのは、誰だ。アッ、僕、か。
わざと遅れたんじゃ
ないけど、そんなこと
関係ないのよね、
待たされた人には。
アイツは、時間にルーズな
奴だと思いこまれつつある。
マズイ。マズイ。
当時、キャッチコピーは短くあるべし、みたいな風潮があったと思います。ぼくなんて文章書くのが嫌いで、短いキャッチだったら書けるとおもってこの道に入ったぐらいです。
なので、中村さんの一連のキャッチはとても新鮮でした。しかもまったく気取りも衒いもない、ふだん着のことばというかつぶやき。「へえ、これで賞は獲れるんだ…」と無知で無学で無礼なぼくは当時おもったものです。
なにが無知で無学かというと、こういう一見だれでも思いつきそうなコピーほど、なかなかそこにたどり着けないこと、技巧に走らないコピーのほうが難しいということをまったくわかっていなかったんですね。
わかっていないハヤカワ青年は、並み居るコピーライターズの中で若く、比較的自分にも年齢が近いということで(でも11個上!)勝手に中村禎さんをベンチマークしていました。
ふむふむ、JWトンプソンで営業やってて、そこからサン・アドに?サン・アドでは仲畑さんの一番弟子?マジで?超羨ましい…
そんなミーハー心全開で、中村さんを追いかけていた頃が懐かしいです。
今回はそんな(どんな?)中村さんの著書をご紹介します。なんかひっさびさにど真ん中の広告本、豪速球のコピーライター本でございます。
サン・アド、電通、フリーエージェント
中村さんはサン・アドで『ソニー』『とらばーゆ』(いいコピーが多いんだ、これが)『西武』などメジャーどころを相手にクリーンヒットを量産。その後、恩師の岡田耕さんに誘われて電通に移籍します。
電通移籍が1988年の出来事。つまり今から32年前になります。と、いうことは、ぼくがハタチの頃ですので、最初にコピー年鑑で発見したとき中村さんはすでに中堅、かつ電通所属だったことになります。
にも関わらず(待っとれよ~、中村禎さん!いまに追いついてみせるぜ…オレもサン・アドへ行かなくちゃ)と闘志を燃やしていたんですからバカにつける薬はないですね。
電通では『キリン一番搾り』のキャンペーン、TCC最高賞を受賞することになる『KDDI』、そして話題となった『阪神タイガース星野監督の優勝御礼広告』など名作といわれる広告の数々を担当。そして現在はフリーエージェントのコピーライターとして活躍中です。
この本は中村さんにとって初の著作(なはず)。まるで中村さんの宣伝会議コピーライター養成講座を一気に凝縮してテキストにしてもらったような、贅沢な一冊です。最初は初心者を狙って書かれていたようですが、途中からはベテランクリエイターや言葉をつかって仕事をする全ての人に向けられているんじゃないか、と思えるような内容へと展開していきます。
実際にあとがきで
早い話、初対面の人に何かを伝えないといけない職業の人みんなに読んでほしいと思っています。コピーライターとしての考え方、思考法は、広告コピーの話にとどまらず、あらゆる職業にも共通することです。だって、言葉で何かを伝えたいとき、相手の立場に立って、相手の気持ちを考えるでしょ。それはまさにコピーライターの思考法と同じなのです。
と書かれています。
まさにぼくの感想を言い当てられていたのでびっくりしました。
「思考法」だけに具体的
さて、そんな中村さんが著したこの本。かなり具体的に中村さんの「手の内」をあかしてくれています。中村さんといえばサン・アド時代、もっとも脂の乗っていた仲畑さんのもとで鍛えられた門下生。つまりは仲畑メソッドにも通じる一子相伝の秘技、である可能性も高いわけです。
一章、二章は前段ともいえる部分。そもそも広告とは、とか、コピーライティングを学ぶためのスタンス、考え方について触れています。
とはいえ、うんうん、そうだよなあ…といまだ目の出ない32年生のぼくをも頷かせる内容の数々。引用して紹介します。
広告コピーは「商品を売るため」のもの、とざっくりとらえて書くのではなく、その商品の価格、その商品の使用頻度などを考えて、買うという行動の、何歩か手前にフォーカスを絞ってみるのです。
広告コピーといえば「商品を売るためのもの」というゴールを設定しがち。しかし果たしてそれでいいのか。そんなに遠いところに目標設定しなくても、もっと近いところで考えてみてもいいんじゃないか。そのうえで、広告を見た人の意識変容、態度変容、行動変容をうながすきっかけになれば、いいんじゃないか、と中村さん。
この目標設定はコピーを書きやすくすると同時に、コピーを選ぶときの指針になる、ともいいます。「飲んでみたくなるか」「わざわざお店まで見に行こうと思うか」というチェックですね。
さらに三章になるといっそう実践的な思考法をご開陳してくださいます。
「異論を歓迎する。脳ミソを混ぜる。」という項では
人から意見を言われて怒ってしまうのは、自分だけが正しいと思いこんでいるからです。だから「それは違うと思う」と言われて腹が立つのです。違うと思う人の意見こそ聞いてみることが大事です。
うーん、その通りですね。思い当たり節ありまくりです。
また「まず人間を観察する」という項では
コピーを書く時、課題について考える前に、一般の人を観察して、勝手に頭の中で相談するんです。「どうですか、実際のところ?」と。生身の人間に下手なことを言ったり、失礼なコピーだったりすると怒られます。
多分に妄想力が必要ですが、いや、これぐらいのことは朝飯前でないと、コピーライター稼業はやっていけません。逆にこれができるようになるために普段から人間観察を怠らないように、ということなんですね。
今日から使えるメソッドの数々
そして大詰め、4章、5章ではいよいよ実際にコピーを書くという行為に直結する思考法について解説しています。その中から特にぼくが「そうそう」と膝を叩いたもの、あるいは「そんなやりかたあったんだ!」と発見があったものを紹介します。
①書いたコピーをヒントに次のコピーを書く
たくさん書いたコピーのなかから「ダメコピー」を有効活用する。書いたコピーを読み返しながらいちいち批判するんだそうです。自分の書いたものを踏み台に、そうじゃない、こうなんだ、と書いていく。たとえば「いいこと言ってるけど長いよな」なら短くする。「ちょっと硬いな」ならラフに翻訳する。書いたコピーをもとに、もっといいコピーを探すんですね。
②手で考える
考えても浮かんでこないときは考えないで書く。頭で考えるから手が止まる。だったら考えずに手を止めないよう書き続ける。具体的には頭の中で誰かと話をしてみる、あるいはひとりごとをダラダラいい続ける。そのうちにポロッと無意識の中にあった言葉がでてくることが、あるんだそうです。
③右目(個人的)と左目(客観的)で見る
自分の好きなものが必ずしも正解ではない。自分の書いたコピーをチェックするとき、最初は右目、つまり自分の好みで見ていいと思うものに○をします。そして次に左目、今度は他人の目で選んでみる。この二方向から見ていずれもOKであれば、合格!
④「だって、そうじゃん」といえるかどうか
セルフチェックのひとつの指針。コピーはこねくり回してこさえるものではなく、だって、そうじゃん、と言える本当のことを見つけること。自分の書いたコピーの後に「だって、そうじゃん」と言えるかどうか。自分は本気でそう思っているか、それは自分の本心なのか、を確かめてみる。
ほかにも「ターゲットに貼り付ける」「コピー置き去り法」「飽きる進歩」など、これ使えるなあ、と思える思考法やテクニックがごまんとあります。一部のベテランからは「それ知ってるよ」というものもあるかもしれません。しかし大切なのは「やってるか、やってないか」です。
そういう意味では「やり方」まで丁寧に解説してあるこの本は、実に親切なコピー本といえるのですね。
コラムの意外な(?)おもしろさ
そしてこの本にはもう一つの魅力が。それが章の間にはさまる「コピーライターへの道」というコラム。これは学生時代の中村さんが広告という仕事を知り、就職活動を経てJWトンプソンに入社。それからサン・アドを経て電通で活躍するようになるまでの経緯がリアルに描かれている読み物です。
これが面白い。本編も面白いがそれ以上に駆け出しヤング、あるいはこれからコピーライターに、という方にはためになるはずです。
特にためになる、というか個人的にためにしてほしい箇所を紹介します。
コピーライターを目指して就職活動しますが、そうおいそれと未経験の新卒学生をコピーライターとして採用してくれる会社はありません。そこでまずは営業としてトンプソンに入社した中村青年。クリエイターへの道を諦めずに「社内自主プレ」作戦に出ます。つまり当時トンプソンで作っていたCMを僕らならこうする、と勝手に作品をつくってプレしたというのです。
ただクチで「クリエイティブに行きたい」「コピーライターになりたい」「チャンスがあれば俺だって」と言ってるだけでなく、企画を立ててコピーを書いてビデオカメラを担いで出演までこなして……どうですか、この行動力。こここそ、ヤングにためにしてほしいポイントです。
さらにそれだけでは飽き足らない中村青年は次に、新聞の求人欄のコピーライター募集広告の全てに応募して、いくつか内定をもらい、それを束にして人事に掛け合おう、というゲリラ的な作戦を企てます。すごいよ。
そしてそれを実行する段にあたり、いちばん最初に目についた会社が『サン・アド』でした。(見なかったことにしよう)と、中村青年は思います。当然ですよね。サン・アドなんて受かるわけない。さすがに無理っしょ。
そのとき、もうひとりの中村青年が言いました。「ナカムラ、一発目から逃げてどうすんの?」そして、サン・アドを受けて、合格。これは業界では有名な話ですが、中村さんの採用を大きく推したのはかの仲畑さん。理由は作文が良かったから。だそうです。
ヤングは、時間がない。
とぼくはいつもおもっていますしおもっていました。時間がないのは年寄りなんかじゃない。ヤングのほうなんです。なのにいつの時代のヤングも「まだ若いから」と勝手にトップラインを引いてしまう。
ヤングの時間に吸収できること、挑戦できることは無限にあるんだから、相対的に価値が高いわけです。なのにやらない人が多い。だからヤングは時間がないんです。それを見事に逆手にとって、実践してサクセスを勝ち取ったのが中村禎さん。
本気であるからこそ、必死であるからこそ、運が味方してくれる。小手先の技術や開花していない才能なんて蹴散らすことができる。そういう生きた事例がここにあるとおもうんです。
おまけのコラムにしては面白すぎるし、学びもあるでしょ。詳細はぜひ本書を手にとってお楽しみください。
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さいごに。
以前、この連載にいつもコメントをくださる“るーしげ”さんからこんな投げかけをいただきました。
眞木(準)さんのコピーで「きょ年の服では、恋もできない。」というものがありますが、「きょ年」の表記を選んだ理由がいまだに謎です。文字バランスなんでしょうか。
実はこの本に、このコピーについて取り上げている箇所がありまして。この表記について中村さんが持論を語っていらっしゃったので紹介します。
もう一つ勝手な想像ですが、なぜ「去年」ではなく「きょ年」にしたか。これは見た目に「去」という字がさみしい感じがするからじゃないかと。それと、「きょ」だけひらがなのほうが女の子っぽいというか、可愛らしさが出るというか、そういう理由じゃないかと勝手に想像しています。
たしかぼくは三陽商会の忌み言葉なんじゃないか、みたいなことを書いた気がします。この場合、正解はこれ!というわけにはいかないのですが、ひとつの視点が得られたような気がしました。
こんなふうに、名作コピーの単語ひとつをとってあれこれ想像をふくらませることができるのも、コピーライターならではの楽しみですね。お酒飲みながらだと、さらに盛り上がること請け合い。ああ、早く好き勝手に宴会できる社会にならないかな。