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【広告本読書録:089】読みたいことを、書けばいい。

田中泰延 著 ダイヤモンド社 発行

この本は売れています。少なくともぼくのまわりではものすごく売れているような気がする。いまこの時点でいったいどれぐらい売れているのか。身の回り半径500メートルの範囲で調べてみることにしました。

ぼくが持っているやつには『2019年6月27日 第2刷発行』と書いてあります。初版である第1刷発行が2019年6月12日。ということはつまり、たったの15日で増刷されています。

すごい勢いで売れているわけですよ。

ヤバくないですか?

出版不況といわれている中、15日で重版出来!ですよ。この調子でいくといま書店に置かれている『読みたいことを、書けばいい』はいったい第何刷になっているのだろうか。相当なことになっているに違いない。

ぼくはさっそく会社の近くのKという書店に向かいました。そして一歩店内に足を踏み入れて、あれ?とおもった。チョマテヨ、とおもった。

そういえばこの本、どこのコーナーにおいてあるんだっけ…

帯には「人生が変わるシンプルな文章術」とある。つまり文章作法のコーナー?そんなコーナーあるのか?ウロウロしていると【副業】の棚にいくつか文章術的な本が置いてありました。それらはいずれも…

『電通なんて辞めちまえ!俺のTwitter活用術』
『大企業などクソ食らえ!SNSでメシを食う方法』
『バズる!儲かる!WEBライティング』

みたいなタイトルの本ばかりであります。なんかこういうのを否定した先にあるのが『読みたいことを、書けばいい。』なので、一緒に並べられているとは思えません。もし並んでいたらぼくがこっそり移動させちゃいます。

ん?移動させる?どこへ?

果たしてどのコーナーに置くのがベストなのでしょうか『読みたいことを、書けばいい。』は(以下『読み書け』と略します)。

そうだ、著者の田中さんは元電通のコピーライター。だからきっと【広告】のコーナーだな!ぼくはそうおもって【広告・コピー】の棚を探します。しかし見つかりません。

こまったぞ。ぼくはビジネスコーナーに移動して、とにかく片っ端からタイトルをチェックします。しかし相変わらず『読み書け』はありません。

その後、政治経済、歴史、物理、タレント本、レシピ本、鉄道、モデルガン…とあらゆるコーナーをくまなくチェックしたのですが『読み書け』は見つかりません。ぼくは最後の手段、店員さんに聞いてみるを発動しました。

ぼくはとても人見知りで、引っ込み思案なので、店員さんに何かを尋ねることがたいそう苦手なのです。でもここはnote連載のため。グッと腹に力をこめて聞いてみました。

すると

「いま在庫切れですね…取り寄せますか?」

在庫切れ、つまり売り切れ。

英語でSOLDOUT。ソウルドアウト。
そういえばそんな名前の会社もあるな。

やっぱ売れに売れている。

ヤバくないですか?

ぼくはありがとうございますだいじょうぶです、と頭を下げてK書店をあとにしました。本が欲しいわけじゃないんだよ。あることを調べたいだけなんだ。

結局、そこから本屋を2軒ハシゴしたのち(どちらにもありませんでした)地域最大の規模を誇るM&J書店へ。ここならある。きっとある。ぜったいある。とりあえず【広告】コーナーに向かいます。ありません。続いて【ビジネス書】のコーナー。ここにもない。おかしい。

ぼくはいささか錯乱気味になって検索端末を叩きます。そこで出てきたのは驚きの結果でありました。

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『社会6:025 マスコミ・ジャーナリスト』だと…??

ぼくはあわてて【社会】の6の列の025の棚【マスコミ・ジャーナリスト】に向かいました。しかし、どれだけ目を凝らして棚を探しても『読み書け』の『よ』の字も見当たらない。

一方で、どう考えても『読み書け』が【マスコミ・ジャーナリスト】の棚にあるとも思えず。なんかの間違いなのかなーって、なかばあきらめ気味にその近くの棚を見るともなく眺めていると、

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あった!

なんと【マスコミ・ジャーナリスト】の3列横の棚の、しかも一番下の、しかも【自費出版】のコーナーに『読み書け』がいました。一冊だけ、小さくなっていました!なんでこんなとこに?なんでなんで?

ぼくはようやく出逢えたこの『読み書け』を手に取り、これはもう買うべきではないか。買って家につれて帰るべきではないか。そんなふうにおもいました。おもっただけでしたが。

しかし、よりによって自費出版…いや自費出版が悪いわけじゃないけど。自費出版のコーナーに、人生が変わるシンプルな文章術って。どうおもいます?

ぼくは入手困難な本以外はできるだけ本屋さんで買おうとしています。本屋さんが好きだからです。偶然の出会いがあるからです。しかし、この偶然はさすがに…自費出版しようとした人が手にとったらいったいどうなるんでしょう。自費出版あきらめるのかな。

書店員さん、どうか本を置く場所は吟味に吟味を重ねていただきたいです。

そして、そういや俺はどこでこの本を手にとったんだっけ、と記憶を探ると新刊・話題の書として平積みされていたことをおもいだしました。そりゃどこのコーナーに置かれるのが妥当なのかわからないわけです。

ちなみにM&J書店の棚でようやく発見した『読み書け』は『2019年9月12日 第5刷』でした。ぼくの本からたった3ヶ月で2刷から5刷へ。うーん、やはり売れていたんですね。

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書籍紹介に入る前にすでに2,000文字以上も費やしていることからも、いかにこの『読み書け』が一筋縄ではいかないシロモノであるか、おわかりになるでしょう。

背表紙には本のカテゴリとして[ビジネススキル]と書かれています。たしかにビジネススキルかもしれませんが、芯を食っているともおもえません。スキルというよりも姿勢?マインド?考え方のような気がします。

ほら、お腹が空いた原住民には魚を与えるよりも魚の釣り方を教えたほうがいい、みたいなたとえ話があるじゃないですか。それでいうところの釣り方ですね。より本質的な、文筆業者になるための指南。そんなかんじ。

すでに多くの方が、この本を読んだ感想を言葉にされています。曰く、勇気が出た。曰く、人生が変わった。曰く、自分も書くことをはじめた。さまざまな感想があってすばらしい。もうぼくの書くことはなさそうです。

ただ、ぼくが目にした感想のうち共感できたのは「この本を読むと恐ろしくなり自分が文章を書いていいものか迷う」という類のもの。

著者の田中さんはコメディアンのように、ものすごくコミカルに厳しいことを書いておられます。井上ひさしさんの言葉に「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく…」というものがありますが、それになぞらえると「きびしいことをおもしろく」とでもいいましょうか。

これ、ほんとギャグを一切抜いてコラムも省いたら、本編50ページぐらいで終わるとおもいます。キレッキレに斬れまくる刃のような一冊になって、開いた瞬間血しぶきがあがる。そんな恐ろしい書です。

どれぐらい厳しいかというと…

だれかがもう書いているなら読み手でいよう

承認欲求を満たすのに「書く」は割にあわない

自分の内面を語る人はつまらない人間である

物書きは「調べる」が9割9分5厘6毛

愛と敬意が文章のまんなかになければならない

どれもプロの物書きならあたりまえのことかもしれません。でもWebライターの世界では結構な勢いでクリアできなさそうでもあります。ぼくはWebライターではありませんが、クリアできているかというと自信ありません。

特に「だれかがもう…」のくだりなど、それを知るには膨大な読書量が求められます。ちなみに田中さんは学生時代に6000冊の本を乱読されているようですし『文章術コラム③ 書くために読むといい本』で紹介している書物はいずれもかなりの読書家あるいは読解力がないと歯が立たない作品ばかり。

これらの事実の前に、ほとんどの自称ライターは膝から崩れ落ちるのではないか。そしてもうやめようライターと名乗るのは、と心に誓ってもおかしくない。

それを読み手が傷つかないように、傷ついても最小限の刀傷でおさまるように、あの手この手でふざけてみたり、笑わせてみたりする。田中さんは博覧強記のコワモテですが、実はとてもきめ細やかなサービス精神の持ち主ではないかと推察します。

■ ■ ■

田中さんは序章『なんのために書いたか』でこんなことを言ってます。

この本に表紙には「文章術」と明記してある。しかし、書くためのテクニックを教えようというものではない。そうではなく、書くための考え方を示す本である。

この発言はまさにそうだなあ、とおもいます。だってそれがこの本の魅力なんですからね。しかし、実はものすごくテクニカルな内容で構成されている章もあるんです。

それが『文章術コラム① 広告の書き方』です。

「この本はハウツー本でもビジネス書でもない。だが、うっかり実用的なことを書いてしまう場合がある」という書き出しではじまるこのコラム。ほんと、読んでるほうがうっかりしてるとビックリするほど実践的な内容です。

最終的にはここだけ切り取って、広告本として本棚に並べ、残りは紙のリサイクルに出してもいいんじゃないかとおもいます。

ちょっと引用しますね。

お金が節約できる、他人からかっこよく見られるようになる、異性にモテるようになる、家事の負担が減る、家庭が円満になる、これらの結果を得たいというのは、すべて人間の欲望である。当たる広告は、人間の欲望にかかわる「気にしていること」を喚起していることが多い。

これはいわゆるベネフィットについてのわかりやすい解説ですね。

広告は商品の売りたい点、企業の伝えたい点をできるだけ効率よく伝えることにその価値がある。となると、そこで伝えるべきことは、お互いがよく知っている言葉で共有されると効率が良いはずだ。そこに、少しだけでいいので別角度からの視点があればいい。つまり、よい広告コピーとは、わかりやすい言葉で書かれているが、ちょっと発見があるもの、ということになる。

ここでも実にわかりやすく、論理的にコピー表現について語られています。

わたしなど、新入社員のころには、先輩に広告制作を代理する者の心構えとして「その場限りの誠心誠意、短いけれど本気の恋」と教えられたものだ。

最高じゃないですか、この心構え。こういうの、普通の広告本には書いてないし、現場のコピーライターがいちばん読みたいことです。

そこを他人の目で、無責任に斬って捨てるところは捨て、第三者から少しでも好意を持ってもらえるような、謙虚でおもしろい表現を考える。その取組みは無責任であればあるほど「クリエーティブ・ジャンプ」を呼び込むことができる。ただし広告制作者は、そうして無責任に考えた結果について責任を負わなければならない

無責任に考え、結果に責任を持つ。非常に厳しくも、この仕事に就く者が心得ておくべきことです。

ね、本編にはないシリアスさでグイグイと読ませますよね。そして結びは「広告コピーの考え方はあらゆる文章に活かせる」という非常に勇気づけられる章でまとめられています。

客観的な姿勢で対象に接すること、対象について調べて発見すること、対象を愛せるポイントを見つけること、伝えることを絞って短い文章にまとめること、そしてなにより、自分がおもしろいと感じられないものは他人もおもしろくないという事実を、何千万人もの視聴者を相手に肌で感じること。広告コピーライターとして考えること、実行すべきことは、ライターとして随筆を書くことと非常に似ているのである。

ぼくは田中さんのような大きな仕事をしたことはないのですが、それでも非常に納得感のある、すべて「そのとおりだ!」と頷ける文章です。

この『広告の書き方』ですが、コラム的な位置づけがもったいないぐらい。ただし田中さん曰く「分量的に1冊の別の本になってしまう。その本はまた別に1500円で買ってほしいので、今回は考え方の芯になる部分を述べたいと思う」とのこと。

買います。出たら絶対。1500円出します。ぜひ書いていただきたいです。読みたいです。田中泰延全仕事。ひさびさの広告批評別冊。ひさびさの全仕事シリーズ。マドラ出版か誠文堂新光社から出ないですかね。

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と、いうわけで『読みたいことを、書けばいい。』はひろく文筆業あるいは文筆業を目指す人たちに向けて書かれているのですが、ぼくは個人的にコピーライター、特に求人広告のコピーライターに読んでほしいとおもいます。

求人広告のコピーライターはキャッチ一発勝負、みたいな仕事は少なく、しっかりと芯のある文章力が求められるからです。その長文を書くときに、役に立つ心構えがたくさん詰まっている。それが『読み書け』なのです。

※追記:最初に投稿した記事をあらためて読み返すと、一部配慮に欠ける箇所があると感じたので、加筆修正および画像加工いたしました。

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