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【広告本読書録:013】ひとつ上のアイディア

眞木準編 インプレスジャパン発行

スポイルされたクリエイターの末路…

昔、なにかの記事で読んだことがあるのだけれど、糸井重里さんの語るところによると「広告には2種類ある。アイディアのある広告と、ない広告だ」だそうです。『クリエイティブは時代の空を飛ぶ』だったかな。

出自はさておき、これ至言だなあっておもいます。

ぼくは長らく求人広告畑でコピーを書いてきました。求人広告って商品広告と違って、アイディアの発揮場面が少ない。広告表現におけるアイディアのバリエーションがそんなにないんです。

もちろん職種名の工夫だったり、働き方の見せ方など、募集要項そのものに関わる部分でアイディアを発揮することはあるのですが。しかし、それでも、と諦めずにあの手この手と表現を考えるところに面白さがあるし、だからこそクリエイティブだとおもっています。

でも、そういう取り組みを早々に諦めてしまって、いわゆる“流し”で仕事をする制作マンがことのほか多い。クリエイティブとかいいながら流しで仕事ができてしまうところが、この市場(求人広告制作)がいつまで経っても分野として確立されない理由のひとつではないかな、とおもうほどです。

彼らは一様に「だって求人広告でしょ」「必要のない表現したってしょうがないじゃないか」「所詮、求職者の関心事は給与と休みと待遇なんだよ」としたり顔で語ります。

また、媒体を運営する会社側の多くも同じ考えで、求人広告媒体に必要なのは「件数」であり、早く、たくさん、新しい案件が掲載されることを至上とします。

そういうスタンスからすれば、うんうんと頭を捻って絞り出す表現アイディアは「いらんこと」に近しい。もちろん一部、例外的な発想をする人もいますが全体の空気感としては「いらんことせんでええからはよ形にして掲載せえ。それがユーザーのためや(なぜか関西弁)」というものです。

話をクリエイターに戻します。

上記のしたり顔氏はもちろんのこと、特に「文章を書くのが好き」という動機でこの道に入ってきた人の多くは、アイディアをひねる、という思考および志向になかなかなれなくて、いつも最初から「どう書くか」ということにばかり考えがおよびがちだったりします。

そうすると、びっくりするぐらい、できることが少なくなるんです、求人広告って。アイディアのない、つまりベーシックな求人広告表現って、せいぜい20種類ぐらいしかない。むりくりひねり出しても40パターン?だって軸となるテーマって給与、勤務時間、休日、福利厚生、人間関係、安定性、将来性、企業の知名度、業界の人気不人気、仕事内容、仕事の難易度、社長のキャラ、経営理念、職場の雰囲気ぐらいでしょう。

で、何を書いてもおんなじおんなじ、というスパイラルに入ってしまうと、もう何を書いてもおんなじ、という気持ちになる。どうせ給与が高いほうが応募効果でるんでしょ、とか、この業界不人気だから、と言い訳が先に立つようになる。会社としても当たるかどうかもわからないアイデア勝負のクリエイターよりも、中身はともかく最低限のものを早く納品してくれるライターのほうを重用しがち。

そんなふうにスポイルされたコピーライターの行く末を、ぼくはいくつも見てきました。そして、そういう人に限っていつも口にするのが「俺だってもっとクリエイティブが求められる仕事がしたい」なんです。じゃ、辞めれば?っていうんだけど、この手の輩に限っていつまでも辞めないんですよね。まいっちゃうよ、もう。

今回の広告本は『ひとつ上のアイディア』です。たしかこの連載の3回目に『ひとつ上のプレゼン』をご紹介しました。そのシリーズですね。この本も広告クリエイターを中心に、名だたるメンツ20人の“発想の秘話”といいますか、考えるという行為のノウハウがぎっしり詰まっています。

アイディアってカタチがあるわけじゃないので、ホント、人に説明するのが難しいですよね。定義もバラバラだったりするし。思いつき、とか言われてマーケやビジネスサイドの人たちからは軽く見られちゃうことも多い。あと、ブラックボックス扱いされて、魔女狩りに遭う人もいる。

でもね、求人広告でも商品広告でも企業広告でも、広告づくりは方程式じゃないんですよ。ロジックは大切だとおもうけど、最後に人の心を動かすためにはマジックが必要なんです。その作り方をレシピみたいに万人がわかるようにしろというのは暴言ですよ、というのは言い過ぎですかね。

アイデアのマニュアル化はできる

そんな「アイディア門外漢」の方が手にとってもアレルギーを起こさないよう、非常にわかりやすくアイデア発想法のお作法が押さえられているのがこの本です。特に冒頭イントロダクションで眞木準さんがご開陳する「アイディアのマニュアル化」という章は非常に参考になります。実際に眞木準さんが実践している発想法なので、誰でもできるわけではないのですが、しかしこのやり方を訓練次第で身につければ、あるいは近しい成果が出せるかも。

ここで眞木さんは、まず「一人だけの孤独な環境をつくる」といいます。そして集めた資料を山積みし、それらすべてに目を通すことが必須であると。そしてたくさんの資料の中から重要だと思われるポイントを10項目程度、メモ書きにする。判断基準はここからがアレなんですが、自分の勘ですって。とにかく勘をたよりにキーワードになりそうなものを膨大な情報から凝縮する作業をしなさい、と。

ここで2つ、シロウトには難しい問題が出てきました。一つは、その勘が鋭くなかったらどうしよう…というもの。そしても一つは膨大な情報から凝縮する、とひと言でおっしゃいますが、それってかなり難易度の高い作業なのでは…。

いま、難易度の高い、といいました。

これ結構あちこちで使われている言葉なんですが、昔からひっかかるんです。難易度が高い、って難しさが高いの?易しさが高いの?どっち?正しく言うなら「難度が高い」じゃないの?

ぼくの中にいくつかある、腑に落ちない表現のひとつです。他にも同じようにおかしいなあ、とおもう単語に「模範囚」というのがあります。囚人なのに模範ってなんだよ、といつも心の中でツッコんでいました。

ま、そんなことはどうでもいい。

上記のプロセスが仮にうまくいったとしましょう。出来上がったメモを、眞木さんはじっと見つめよ、と示唆します。そして、ときどき宙を見るんですって。さらにため息もつくそうです。そうしながら、あるフィルターによって吟味するとのことです。

5つのフィルター

ここで眞木さんが教えてくれる5つのフィルターが面白い。
ひとつは「日常」というフィルター。その商品を自分が使ってみたらどうなるか、と考えてみる。店頭でその商品を見たとき、それまで買っていた商品からスイッチするか。そういった視点でフィルターにかける。

次に「恋愛」というフィルター。とてもユニークです。広告は商品を「好き」になってもらう行為なわけで。で、あれば恋愛シーンで男女がかわすやりとりが、そのまま(でなくても)通用するかどうかをチェックする。

さらに「読書」というフィルター。自分が過去に読んだ本の中に、その商品を表現した文章や言葉がなかったか。知的感動経験値を新しい知に活かすのだ、と眞木先生はおっしゃっておる。たとえば「坊っちゃん」に出てくるビールは『麦酒』と書いてあるが、では新しい広告でビールと言う言葉を使わずに麦酒と書けば新しいのではないか、とか。

そして「プチ悩み」というフィルター。小さな悩み、たとえば昼飯はパスタにするかラーメンにするか…といった程度の悩みのシーンに担当商品を置いて、果たして自分が選ぶかどうか。

最後に「全人生」という大きなフィルター。何十年と生きてきた、自分が持つすべての情報や経験の中にアイデアの種が必ずある。それを自分自身で振り返ってみるのだ。とのことですが、これがやってみるとなかなか難しいんですよねえ。

2時間クリエイター法

フィルター作業に1時間かけたら、こんどは時を待つ。自分の心の奥底に潜っていき、意識と記憶の海の中で呼吸もできないままもがき苦しむ…うう書いてるだけで苦しい。。それでも忍耐し、我慢していると、やがてひと筋の光が見えてくるんだそうです。

眞木先生はそれを「アイディアの原型」といいます。こうしてぼんやりとしたアイデアのかたちが産まれたら、こんどはそれを超えるものを探しにいく。ひーっ!やっと原型が見つかった!と喜ぶのもつかの間、そこに満足しないでさらにそれを超えるものを??なんてストイックなんでしょう。

しかし、この作業は、一流クリエイターならみんなやっているみたいです。かの仲畑貴志さんも、人間は弱い生き物だから一度掘った穴に固執しがちだけど、もう一度違う場所から穴を掘ることが必要だ、というような趣旨のことをおっしゃってました。

この間、およそ2時間。眞木先生の経験からいっても2時間が限界なのだそうです。平均的な人間の集中力の限界、ともおっしゃってます。いいかえれば2時間以上は考えても無駄。あっさりあきらめたほうがいいらしいです。

この2時間の挑戦をなんども繰り返していくうちに、いつかひらめきは訪れるはず。孤独、情報、フィルター、そして自分を超えること。鍵を握るのは我慢と集中であります。

一流クリエイターのアイディア術

もちろん、クリエイターによってその術はさまざま。いくつか例を紹介しましょう。

要するに、最も大変で、最も重要なのは、問題点を探し出すことです。それは絡まってしまったコードを少しずつほどいていくような作業を要するものですが、面倒でも時間をかけて地道に取り組めば、必ず明らかにできます。そして解決策も同時に見えてくる。そのことがわかってから、ぼくは「アイディアが出ないのではないか」という恐怖心に悩まされることがなくなりました。(佐藤可士和)

『ひとつ上のアイディア』P37より

自分が見たいものをつくる。それがぼくの基本的な広告のつくり方です。そのためのアイディアの考え方は、はっきりと決まっているわけではありませんが、だいたいいつも、扱う商品について「自分にとって理想的なCMをいま見た」と仮定することからはじめます。それを見た自分はどういう感覚になって、どういう気持になるのか。その後味だけをまず思い浮かべてみる。~中略~たえず後味を判断基準にしながら考えるわけです。(多田琢)

『ひとつ上のアイディア』P41より

でも、この点にこそ、ぼくが最もこだわっているアイディアの意義があります。それは目の前にいる人、自分に仕事を依頼してくれた人を喜ばせるということです。ぼくの言葉でいえば「喜ばせ組」になるということですが、とにかくアイディアは自分に仕事を依頼してくれた人が心の底から喜んでくれるようなものでなくてはいけないと思うのです。(中島信也)

『ひとつ上のアイディア』P61より

アイディアは作り出すものではなく、見つけるものです。ひねり出すものではなく、この空中のどこかにそしらぬ顔をして漂っているものを発見し、捕獲し、みんなの前に連れてくるのです。~中略~ それでは発見する作業のために、大切なことは何か。それは、自分を世界一自由で、ニュートラルな存在にし、この世のどんなささいな刺激にも反応するというくらい、感覚を鋭敏にしておくこと。(岩崎俊一)

『ひとつ上のアイディア』P89より

こういった、クリエイターたちのアイデア論。どれもすぐに役立ちそうで、そうそう簡単には身につかないノウハウばかりです。そして、この本の中で一番強烈だったのが大貫卓也さんの“シンプル論”です。

シンプルとは削ることではなく、足すこと也

本当のシンプルというのは、削ぎ落として捨て去ることではなくて、じつは足し算作業なのです。

商品にしても企業にしても、訴えるべきことを山のように持っています。イメージや価値の新しさ、背負っている歴史、便利さなど、表現したいことは20個も30個もあるはずです。そのなかから、いろんなものを削ぎ落として、ひとつだけを残そうとすれば、おかしなことになってしまうのは当然でしょう。

20個なら20個、30個なら30個、そのうちのどれかひとつが企業のアイデンティティなのではなくて、全部合わせたものがビジョンをつくっているはず。だから引き算ではなく、足し算をするわけです。でも、もしそのままを足し算の式にしてしまえば、それはただの羅列にすぎません。内容によっては、1時間のCMをつくっても表現しきれない可能性もあります。

それをたったひとつの答えとして解決するのが、すぐれたアイディアです。足すべきものをすべて足して、ひとつの答えを出す。それがぼくのいう本当のシンプル。

『ひとつ上のアイディア』P97より

これを読んで、マジで鈍器で頭を殴られたというか、目からウロコが落ちたというか、びっくりしたのを覚えています。なんせ、自分はこれまで「広告は削るもの」「コピーは削って磨かれる」と信じ切って邁進してきたわけです。それが、尊敬する大貫さんが真逆のことをおっしゃる。削ぎ落とし原理主義のぼくとしては、これはもうコペルニクス的転回なのです。

さらに大貫さん曰く…

足す要素が違えば、当然、企業によって出てくる答も違ってきます。パナソニックの要素を足せば、出てくるのはパナソニック独自の答えです。ソニーならば、ソニー。それぞれ独自の答えがでます。こだわっているものが異なるはずですから、それが答えに独自の「顔」をもたらしてくれる。だからいかにもれなく、必要なものだけを足し算できるかが勝負です。

『ひとつ上のアイディア』P97より

ううむ…確かに、と頷かざるを得ない。削ぎ落とし原理主義としてはなんとも言い難いのですが、これからの制作業務において強く意識していこう、とおもうのでありました。足して一つにする。これはおもったより難しいぞ。でもなんか、できたら面白いような気もします。もう結構ロートルの域なんですが、もうちょっとがんばってみるか。若いクリエイターの方にはぜひトライしてもらいたいとおもいます。

おしまい

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