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【広告本読書録:084】心をつかむ超言葉術

阿部広太郎 著 ダイヤモンド社 刊

タイトル枕に「コピーライターじゃなくても知っておきたい」というフレーズがつくこの書籍。読書録の連載の中でもピカピカに新しい部類です。2020年3月4日第一刷発行とある。先週ご紹介した『ビックリハウス』は1985年12月号。この一週間で実に35年の時をかける中年。俺はいったい何をやっているんでしょうか。

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新しいカルチャーやムーブメントには比較的敏感な反応をするぼくですが、実はいつの頃からか広告に興味が持てなくなってしまいました。新しい広告を見てワクワクしたり、クリエイターは誰?代理店変わった?制作会社は?といったヴィヴィットなリアクションをしなくなって久しい。

別に最近の広告がつまらなくなったというわけではありません。単純に自分の感性が劣化しているだけなんですが、以前のような熱量を持って広告やテレビコマーシャルを見られなくなっているんですよね。

熱量を持って見ていたのはこの頃。

あとこの時期になるとヨウツベみて涙するこれ。

あとこれとか。

おいおいずいぶん前から熱量持ててないってことじゃんかよ!

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と、いうことでクリエイター第七世代の人たちのことも詳しくないんです。とんだ不勉強ぶりを晒してしまいお恥ずかしい限りなんですが…この本の作者である阿部広太郎さんのことも存じ上げていませんでした。

そんな不勉強者が広告本について語ってんじゃねえ、というお叱りの言葉が聞こえてきそうですがそこはほら、不勉強だからこそ本を読む、という解釈でひとつお願いします。

しかし『心をつかむ超言葉術』を読み終えたいま。ぼくはなんとなく勝手にではありますが、阿部さんを昔から知っている人のようにイメージできる。もちろん勝手な妄想なのでご本人は「全然チガウわ!」とおっしゃるかもしれませんが。

阿部さんはSNSを駆使して積極的に情報発信しており、noteにもマメに投稿なさっています。この本のタイトルを冠したこんなマガジンも。あわててフォローしました。

すてきです。大盤振る舞い。

伝わってくるのは人柄だった

で『心をつかむ超言葉術』をじっくり読んで、全編を通じてぼくに伝わってきたのは言葉術ではありませんでした。コピーライティングのテクニックでもありません。

語弊のないよう付け加えますと、もちろん技術論や具体的な思考法など非常にわかりやすく書かれていますよ。

ただ、そうした「スキル」を超えて、じわじわと伝わってくるのは阿部さんの人柄。言葉を拾いながら、なんとなくぼんやりとですが阿部さんの大きくて温かいキャラクターが輪郭をもって見えてくる。

そういえば阿部さん、アメフトを8年もやられていて、本当に大柄な方のようですね。

最近ぼくの周りの気になる人ってアスリート出身で大柄な方が多いんですよね。代々木上原のレストラン『sio』のオーナーシェフ鳥羽周作さんはサッカー選手だったし、いま一緒にお仕事させていただいているスポーツウェアメーカーのブランドマネジャー及川啓史さんは現役バスケットボールプレイヤーでもあります。

このお三方に共通しているのは、強くて、大きくて、優しい、ということ。そんな人柄が及川さんからはご一緒させていただいている仕事から、鳥羽さんは『おうちでsio』のレシピから、そして阿部さんはこの一冊から伝わってくるんです。

本を読む、というよりも講座に参加しているような、阿部さんの息づかいが聞こえてきそうな316ページ。さて、ぼくは阿部さんのどんな人柄を感じたでしょうか。

①阿部さんは気前がいい

まず最初に感じたのは「え?そこまで出しちゃうの?」ってぐらい、大盤振る舞いする阿部さん。主宰する『言葉の企画』の生徒さんが作成した課題作品(めちゃくちゃ刺激になる!)から、新人時代の自分広告のコピー、甘太郎に自主プレした際の企画書と広告案、堀潤さんの講座名の企画書、それからそれから…

とにかく学びと刺激が多い資料を一切出し惜しみすることなくご開陳してくれるんです。ぼくは性格があまり良くないので、これまでこの手の広告本って著者であるクリエイターがさんざんこすり倒したあとのテクをリリースしているんだろう、ぐらいにおもってた。

職業柄、クリエイターが企業秘密ともいえる秘蔵のテクニックをそうやすやすとオープンになんてするもんですかとおもっていたんです。

でも、この阿部さんの出しっぷりはマジモンです。なんつーか、こう、使い古されたテクなんかじゃ絶対なくて、いますぐ真似たいし、真似たら結構な成果につながるんじゃね?とおもえる新鮮なネタばかりなんですよ。

他にも向井太一さんとの共作詞ができるまでのエピソードなど、なるほど、タイトルの枕の「コピーライターじゃなくても知っておきたい」は掛け値なしのフレーズだったんだ、と感じました。

②阿部さんは正直者

ふつう、自分の名前で一冊本を書く、となるとできるだけいいところをよりすぐりで見せたいとおもうもの。それが人情ってやつでしょう。

ところが阿部さんはどこまでも正直に、恥ずかしい過去の失敗やちょっとした心の中での後悔までも、あますところなく表現しています。まったくカッコつけていない。

たとえばさっきも紹介した「新人時代の自分広告」。電通のコピーライターとしてクリエーティブ局に配属された直後に課せられたお題。制作したポスターは自己紹介も兼ねて社内のフロアに掲出されるんだそうです。

阿部さんはこのときにクリエーティブディレクターに提出したキャッチコピーをそれこそ大胆に、ありのままにすべて紹介してくれます。46本中、30本も。まるっきりの未経験者が書いたコピーです。そりゃ凸凹だらけ。でも、正直に告白(?)してくれる。

改めて読み返して思うことがある。ここの一文字を削り出して短くしたいとか、ここは平仮名じゃなくて漢字にしたいとか、過去の自分にあれこれ言いたくなる。くすぐったいし、まじまじと見返すことに照れもあるけど、あの時の一生懸命を知っているから、恥ずかしいけど、恥じゃない

ほら、こんな心の内をも絶妙なパンチラインとともに吐露してくれるなんて本当に正直者ですよ。

「ダイアログ・イン・サイレンス」というイベントのために聴覚障害者のアテンドの方を募集する広告をつくるときのエピソード。聞こえない方と仕事でご一緒するのははじめてだった阿部さんは、ついうっかり打ち合わせの中でこんなことを言ってしまいます。

「イベントの中では言葉を使わないってことですもんね」

その発言に対して、監修役の中途失聴者である方の一言。

「阿部さん、手話も言葉ですよ」

ドキッとした。ショックだった。自分自身に対して。傷つくと気づくは言葉の響きが似ているけれど、その心の痛みで、自分の凝り固まった価値観に気づいた。僕の当たり前が、世界の当たり前じゃない

またもや心情を吐露する阿部さん。

他にも人事配属時に感じた新卒学生への嫉妬心、自信を持って提出した対談記事にガッツリ赤字が入ってきた話など、ふつうなら隠しても構わない、というか心情的には隠したくなってもおかしくない話をバンバンしてくれる。

おかげで、読み手は勇気がもらえる。

正直は、勇気の一歩前なんだね。なんて、ついぼくも阿部さんっぽいパンチラインを考えたのだが、どうやら力不足のようです。

③阿部さんはやさしい

前の項で書いたけど阿部さんは最初からクリエイティブ畑を歩んできたわけではありません。最初の配属先は人事。ご自身もアイデアを考えたり企画する仕事とは一定の距離があったそうです。

しかし学生のインターンシップに同席して、強烈におもったそうです。

「あっち側に行きたい。僕はここで何をしているんだろう」

そこからコピーライターになるべく、猛烈に勉強をはじめる阿部さん。でも異動のための試験までは4ヶ月しかありません。そこで大先輩のクリエーティブディレクターから特別レッスンを受けることに。

毎回ダメ出しの連続。試験まで残り一ヶ月。大先輩から一言。

「向いてないかもね」

これはキツい。さぞや堪えたとおもいます。

でも、でも。
考えれば考えるほど、言葉を向き合う仕事に惹かれる気持ちは強まるばかりだった。ものは言いようだ。たやすく叶う夢を追いかけてもつまらないじゃないか。自分に言い聞かせた。自分の可能性を決めるのは、他人じゃなくて自分だ、そうとも思った。

これだけに限らず、おそらく阿部さん、たくさんたくさん凹んできた方なんでしょう。だから、まなざしがやさしい。言葉がやさしい。

先に取り上げた新人時代の自分広告にいたっては、原本を収録するだけでなくボディコピーを読みやすくするために拡大したものを2ページに渡って掲載してくれる。スティーブ・ジョブスの言葉や開高健さんのエピソード、イギリスの広告会社が制作した「The Power of Words」など古今東西の学びあるコンテンツを紹介してくれる。

ついでにいうとぼくの前職の大後輩、田中嘉人の仕事まであとがきで紹介してくれる。

本当に、阿部さんはやさしい人なのです。

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うっかりするといつまでも語ってしまいそうなのでこのへんで。

阿部さんの文章はキャッチコピーの積み重ねみたいなもので、そこかしこに抜き出してボールドにしたくなるフレーズの宝庫です。そうだ、ふつうに読むだけで自分の言葉力が磨かれたような気になるのも、この本の魔力かも。

コピーライターじゃなくても知っておくと、人生が豊かになる術がつまった一冊です。

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