【広告本読書録:086】人を動かす
D・カーネギー 著 山口博 訳 創元社 刊
カーネギーの『人を動かす』といえば、矢沢永吉さんの愛読書としても有名です。え?知らなかった?ほんとに?あなた『成りあがり』読んでないの?『成りあがり』読んでないのに広告にキョーミあるだなんて、ちょっと良くないんじゃないの?なんちゃって調子にのりましたすみません。
永ちゃん、広島で高一のときね。友だちのおねえさんがキャバレーに勤めてて岡山にいたんですね。そこの社長の家に行った。岡山の。その頃から出世とかそういうことに興味あったからね、永ちゃん。
そこで、マセてた永ちゃんは大人の気持ちを喜ばせるテクを駆使して、社長さんの機嫌をよくしちゃう。すっかり永ちゃんのことが気に入った社長さん。「君は見込みがある」「高校生にない輝きがある」なんてね。
それで、これをやるからと渡されたのが『人を動かす』だったのよ。デール・カーネギーの。それと一万円もらって、カツ丼食って広島に帰った。そういうキッカケだったけど、10回ぐらいリフレインで読んだそうです。
永ちゃん、えらく気に入ったみたいね。『人を動かす』無意識のうちに、ためになってるみたいで。本を読んでただそれを実行するだけじゃロボットだけど、ああなるほど、一理あるな、と感じたんだって。
と、ここまでちょっぴり『成りあがり』の文体を意識して書いてみました。すごくないですか?あの矢沢永吉が高校生のときにハマったんですよ。そもそも永ちゃんなんて本読むの大っきらいだからね。目が疲れるって。
つまり、それだけ、すごい本ってことです。そしてぼくは『人を動かす』からマネジメントの要諦でもなく、人間関係を良好にする法則でもなく、広告づくり、コピーワークの基礎を学んだのでありました。
『人を動かす』とぼく
『人を動かす』のどこが広告本なの?と、おもう人も少なくないでしょう。その話をする前にぼくとこの本との出会いを少々話させてください。
ぼくの手元にあるのは新装版で1999年10月20日に発行された第一版第一刷。21歳の誕生日の翌日に発行されたことになります。21歳というとまだ一社目の求人広告代理店に務めているころ。
当時、ぼくは本当にダメな男で、大して仕事もできないくせにプライドばかり高く、しかもできないことを全て周囲のせいにしては文句ばかり垂れる、それこそ箸にも棒にもかからないガキんちょでした。
でも勤め先の上司や先輩、仲間たちはそんなぼくのことを見捨てることなく正面から向き合ってくれました。いまだからそのありがたさがわかるけど、当時はそんなこともわからなかった。
思いついたらそのままなんでも口にして、色んな人を傷つけてまわっていたぼくに、一冊の本をくれた人がいました。営業部門の責任者の方でした。
「ハヤカワくん、キミはいまはいいけど、このままだとまわりに誰もいなくなるよ。そうなる前にこの本を読んでおいたほうがいい」
そう言って渡してくれた本。それが『人を動かす』だったのです。
当時のぼくはろくすっぽお礼も言わず、しかもペラペラ数ページ目を通しただけで「外国人の名前って覚えにくいから読めねえよ」なんていって放り出したものです。
■ ■ ■
それから10年の時を経て、31歳でネット求人ベンチャーに転職したぼく。仕事にも慣れ、メンバーも増え、はじめて社会人として充実の時を迎えていました。
とはいえ、きちんとマネジメントの教育を受けたこともなく、組織づくりというミッションの前に立ち尽くすばかり。もともとぼくは人間関係づくりがさほど得意ではありませんでした。そんなぼくの能力不足に腹を立て、直接噛み付いてくるメンバーもひとりやふたりではなかった。
そんなある日、ふと家の本棚に『人を動かす』を見つけます。そういえば…と手にとると埃をかぶっていました。いただいてから一度もきちんと読んでいないわけですから当然です。
そしてページをめくると…そこにはまさしく人間関係を良好にするいくつもの法則が書かれていました。それはそのまま組織でリーダーシップを発揮しなければならないぼくにとっての福音のはずでした。が、、、
ぼくは読み進めていくうちに「これって…もしかすると広告づくりの本質でじゃね?」とまるで違った角度での受け取り方をするようになったのです。そして実践に落とし込んでいくと、見事にフィットするではありませんか。
では、どのあたりが広告づくりに効くのか、ご紹介しましょう。
重要感を持たせる
最初にぼくが「はっ!」となったのは『人を動かす三原則』のうちのひとつである重要感を持たせるです。この章でまずカーネギーはアメリカの一流の哲学者、ジョン・デューイ教授の言葉を引用して、こういいます。
人間の持つもっとも根強い衝動は、“重要人物たらんとする欲求”だ
この欲求は人間のみが持つもので、最新流行のスタイルを身につけたり、自家用の新車を乗り回したり、わが子の自慢話をするのも、みなこの欲求があるがため、とのこと。
そしてさまざまな事例やエピソードを用いて、カーネギーは人を動かすうえでいかに相手をほめることが大切か説いています。さらにお世辞と感嘆の言葉との違いについてまで言及し、他人の真価を認める心がけの重要性を繰り返し語っています。
自分の長所、欲求を忘れて、他人の長所を考えようではないか。そうすればお世辞などはまったく無用になる。うそでない心からの賞賛を与えよう。~中略~心から賛成し、惜しみなく賛辞を与えよう。
ぼくはこの言葉に触れて、これこそ広告づくりの基本のキだ、とおもいました。ここに書かれている「自分の長所、欲求」とは広告主の言いたいことそのものです。つまり「今回の新製品はこんなに素晴らしい。だからあなたに買ってほしい」ということ。
それをあえて一旦忘れて「他人の長所」=「購入者の優れた点」もっといえば「この商品を買おうと決めた(あるいは選んだ)消費者がいかに特別な存在か」を考えようということです。
かの秋山晶さんもこう言ってます。「人は特別感を求めている。たとえば雑誌を選ぶとき、この雑誌を選ぶ自分は特別な存在なんだ、と思いたいのだ」まさに“重要感を持たせる”が当てはまるな、とぼくは驚いたものです。
人の立場に身を置く
ふたつめは、これも『人を動かす三原則』から人の立場に身を置くです。より広告っぽく言い換えると、ターゲットにとってのベネフィットを考えよ、ということですね。
冒頭の「私はイチゴミルクが好きだが、どういうわけか魚はミミズが好物だ」このフレーズだけで「!」となる人は、だいぶ感度がいいですね。
自分の好物を話題にする必要がどこにあるだろう?そんなことを問題にするのは、子供じみた、ばかばかしい話だ。もちろん、われわれは、自分の好きなものに興味を持つ。生涯持ち続けるだろう。しかし、自分以外には、だれも、そんなものに興味を持ってはくれない。だれも彼も、われわれ同様、自分のことでいっぱいなのだ。
まさしく至言ですね。でも、多くの人は、そして驚くことにかなりの数の広告表現者はこの逆をやってしまっている。カーネギーは全国に支社を持つ広告会社の放送部長から各地方放送局長に送られた手紙文を例に、辛辣に批評します。
長くなるので引用は割愛しますが、そこには本当によくある「当社は~」からはじまる自社の願い、あるいは自慢話、はたまた現状報告、そして勝手な依頼が書かれているんです。これ、ぜひ本書を手にとって読んでみてください。思い当たる節のあるコピーライターはひとりやふたりじゃないはず。
この広告の世界によくある悪文にはカーネギーが添削をしているのですが、こちらも長くなるので割愛…とおもったのですが面白いので一部だけ抜粋して紹介しましょう。
貴局の最近の状況につき、至急ご返事願えれば、互いに好都合と存じます。とのくだりに対して
(ばか!こんなおそまつなコピーの手紙をよこして、至急返事をくれとはあきれたものだ。たぶん、こいつを秋の木の葉のように全国へばらまいているんだろう。“至急”とは、なんだ!こちらも、君と同様、いそがしい。ところで君はいったい何の権利があって、偉そうに命令するのだ。“互いに好都合”手紙の最後になってやっとこちらの立場に気がつきはじめたようだが、こちらにどう好都合なのか、これでは、やはりわからない)
さらにカーネギーは、こういうバカげた手紙を平気でよこすような広告業者は、頭がどうかしているのだ。君に必要なのは、こちらの状況報告ではなくて、ばかにつける薬だ。と結んでいます。
いやはや、辛辣そのもの。
でも、もしかするとこれ、やっちゃってるかもしれませんよ。繰り返しますが、誰も自分のことで精一杯で、あなたが代理している企業の想いや願い、サービスのことなど興味がないんです。そもそも。
バーバラ・アンダーソン夫人の手紙
きちんと相手の立場に身を置くとどういうことになるか。カーネギーはこれもある一通の手紙の引用で紹介しています。ニューヨークのある銀行に勤めていたバーバラ・アンダーソン夫人は家庭の事情でアリゾナ州に引っ越そうとします。そのとき、彼女は以下の手紙を移転先にある12の銀行に送りました。ちょっと長くなりますが全文引用します。
拝啓 銀行員としての私の十年の経験は、目ざましい発展をつづけておられる貴行のご関心をさそうものと信じ、この手紙をさしあげる次第であります。私は現在、ニューヨークのバンカーズトラストカンパニーの支店長を務めております。今日まで当社における銀行業務につき各種分野の経験を積み預金、信用貸付、ローン、経営管理など、あらゆる面に通暁するに至りました。5月にはフィーニクス市に引っ越す予定でございますが、その節にはぜひとも貴行のご発展に微力を尽くしたい所存でございます。つきましては4月3日からの週に御地を訪ねることにしておりますので、貴行に目的に照らして、いかなる寄与をなしうるか、直接お話できる機会をいただければまことに幸いに存じます。 敬具
この手紙に対する反応は、12の銀行のうち11行が面接を求めてきたそうです。彼女はそのなかから1行を選び、希望通り新天地でも仕事に就けたというわけ。カーネギーは、そうなった理由を「彼女が自分の希望を述べたのではなく、自分が相手の銀行でどんな役に立つか、つまり、焦点を自分ではなく相手側に合わせたから」と結論づけています。
ぼくは当時、求人広告をつくっていたのですが、その仕事のひとつに「スカウト文面」作成というものがありました。この章を読んでからぼくのスカウト文面作成力は飛躍的に上達しました。こころがけたのはただひとつ、焦点を送信側企業ではなく求職者側にあわせること。
Webレジュメを皿のように見て、ちょっとした手がかりから求職者のことを想像し、間違っていても構わないから(もしかすると…を多用しました)相手のことを慮る内容を盛り込むようになったのです。おかげで開封率、返信率ともに社内平均を大きく上回る結果を出し続けました。
もちろんいまほどスカウトメールやDMが氾濫していない時代でしたし、いまのようにスカウトと称しているものの実態はただの大量同時配信メール、という血迷ったサービスがない頃だったことも奏功したとおもいます。
ただ、文面をそれまでの一方的なメリット提示から大きく変えたことで少なくとも数字の改善が見られたことは事実です。
美しい心情に呼びかける
最後に、『人を説得する12原則』から美しい心情に呼びかけるを紹介しましょう。
カーネギーはアルカポネや2丁ピストルのクローレーといった稀代の悪党でも自分のことを理想主義者だと思っていた、という話から大銀行家J・P・モルガンの言葉を引用します。
モルガンは人間の心理を分析してこういいます。
通常人間の行為にはふたつの理由がある。ひとつは、いかにも美しく潤色された理由、いまひとつは真実の理由である。
人間は誰でも理想主義的な傾向を持っていて、自分の行為や判断については美しく潤色された理由をつけたがるものです。そこで相手の考えを変えるには、この美しい理由をつけたがる気持ちに訴えるのが有効だ、とのこと。
たとえば、契約違反をして満期を待たずに引っ越そうとした店子に対しては…法的な手段にでるぞ、と恫喝するのではなく、仕事柄人を見る目に長けている自分からみてもあなたは約束を破るような人間ではない、とにかくあなたは約束をほごにする方ではないと固く信じている、といいます。
すると数日後、引っ越しを取りやめるとの報告が。
あるいは子どもたちの写真が新聞に出てしまうのを防ぐために…掲載停止の申立をするのではなく、あなたたちのなかにも子供のある方がいておわかりだとおもいますが、あまり世間が騒ぎ立てるのは子供にとってかわいそうです、といいます。
すると結果的に子どもたちの写真は不掲載に。
要するに、人間は誰でも正直で、義務を果たしたいとおもっているのです。だから相手に心から信頼され、正直で公正な人物として扱われると、なかなか不正なことはできないばかりか、こちらの要求も聞いてくれるように。
これを広告に活かすなら…あえてここで言うまでもありませんが、ターゲットの持つ「こうでありたい、こうなりたい」を表現上で叶えてあげることになります。
昔、岩崎俊一さんが「憧れがいいコピーを生む」とおっしゃっていました。それってまさに、このことではないか。自分自身の本音としてはとても理想的な生き方はできていないとしても、のぞむこと、願うこと、憧れることは自由にできます。
そしてそれが、人を動かす原動力になる、ということなのです。
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自分の中での規定文字数、5000文字を700文字以上超えてしまったので、このあたりで終わりにしますが、他にも広告制作に転用できる考え方がいっぱい詰まった『人を動かす』。考えてみれば広告こそ人を動かし、物を動かし、金を動かし、社会を動かすもの。そのエッセンスが人間関係を好転させる原典に書かれていても決して不思議ではありませんよね。