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「地獄極楽」問答

 白隠禅師の名が天下に知れ渡り、ある中年の侍(織田信茂)が「教えを請いたい」とやってきた。
その時、白隠禅師は63歳。
「仏法の講和に出てくる地獄、極楽とは、真実あるのでござろうか?仮にあるなら、自分が行くのはいずれになるのか?疑問に取りつかれ、体調もすぐれぬ。」と侍に聞かれた。

 しばらくの間、押し黙ったままの白隠は、必死で教えを願う侍にむかってようやく応じた。
信茂の表情は真剣で、白隠は生半可にはいかない、と腹を決めた。

「そんなに知りたくば、お主いっそ、あの世に行ってみたらどうじゃ。ここぞという時に死ぬるのが真の武士。」
信茂「・・・・。」
白隠「そんなに死ぬのが怖いか。そうまで気にかけるのは、おおかた腰抜け侍と相場が決まっておるわ。」
とたんに、信茂は顔を真っ赤にし、大声を張り上げる。
「何を申す。拙者を腰抜けとは何事か!」
血相が変わり、唇がわなわなと震える。それを見据え、白隠はたたみかける。
「いくらか骨があったか、この腰抜け武士!」
この一言で頭に血が上ってしまった信茂は、刀の柄に手を伸ばす。その瞬間、白隠は、「そこが地獄だ!」と大喝一声を浴びせ、信茂をにらみつける。
すさまじい気力のこもった白隠の眼光に射すくめられ、信茂は動けない。
やがて、身を正すと、「拙者、まことに腰抜け侍でした。この度の仕儀により、地獄のありかが身に応えてよくわかり申した。一時の怒りのまま、すんでに身を滅ぼしかねぬところでした。」
得心がいった信茂は、丁重に頭を下げる。
「それ、そこが極楽じゃ。地獄、極楽は表裏一体じゃ。どっちも、人の心の中にあるのよ。」
その体を張った命がけの教導の尊さが身に沁み、信茂はしばらくその場から動かなかった。
(参考・引用 『白隠伝』横田 喬著 大法輪閣)
私は、自分の気持ちが穏やかでない時、この逸話を思い出す。
命がけで人に教える、という白隠禅師の姿勢に、鬼気迫るものを感じる。私など、逆立ちしたって到底及ばないが、心の師として胸に刻んでおきたいと思う。

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