雪舟『四季山水図』が面白く感じる理由とは? (ただいま東京国立博物館で展示中)
雪舟等楊の何がすごいのか……なぜ一人で6作も国宝指定を受けるほど、評価が高いのかを、けっこうしつこく探求しています。
一昨日は昼休みと称して、フラッと東京国立博物館へ行ってきました。トーハクのミュージアムシアターで、VR作品『雪舟 ―山水画を巡る―』を見るためです。
先に言うと……もんのすごく分かりやすかったです。
また、今まで「何がいいんスカ?」なんて斜に構えていましたが、「けっこう いいじゃん」くらいに、理解度が高まりました。
ということで、『雪舟 ―山水画を巡る―』でも重点的に説明していた『四季山水図』を解説しながら、雪舟が描いた山水画の面白さを紐解いていきます。
■雪舟絵画の凄さのポイントは「奥行き感」にあり
VR作品『雪舟 ―山水画を巡る―』では、トーハク所蔵の雪舟の3つの作品『破墨山水図』と『四季山水図』、それに国宝『秋冬山水図』を詳細に解説しながら、それぞれの作品の魅力に迫るものでした。
その説明では、雪舟等楊の作品のポイントを「奥行き感」だとしていました。絵の全体で言えば、墨に濃淡を付けることで、奥行き感を出していくということ。画面構成の、手前のレイヤーは濃く描き、徐々に淡く(うすく)描いていくことで、奥行きを感じさせます。
それだけではなく、鑑賞者の視線を手前から奥へ奥へと誘う工夫も取られているのですが……このnoteでも、実際の作品を見ながら、説明を試みたいと思います。
■『四季山水図』の良さが実感できました!
前述の通り、VR作品『雪舟 ―山水画を巡る―』では、トーハク所蔵の雪舟の3作品を使って解説しました。なかでも最も時間を割いて、詳細に解説してくれたのが、現在、トーハクの常設展で展示中の『四季山水図』でした。ほんと、素晴らしいです。← ということで、予約の取りづらい特別展『国宝 東京国立博物館のすべて』へ行かなくても、常設展(入場料1000円)を観れば、予習復習ができてしまいます。
上の写真が、実際に展示されている『四季山水図』です。
右から春・夏・秋・冬の情景をイメージして描かれています。それぞれ一幅(1つ)ずつ観ていっても、単独の作品として完成されていますが、こうして四幅を並べて観ても、なんとなく一つの作品のように連携しているかのようです。ただ……遠目に観ても、四季がいまいち感じられませんが、それも狙いなのかもしれませんね。
まずは、「明日誰かに伝えたくなる『四季山水図』の秘密」的な、うんちく解説からです。誰かに実際に話す機会なんてあるか? という感じではありますが、覚えておくと、いいことあるかもしれません。
それは、この絵が、雪舟が中国(当時の明)へ渡った時に、中国人へ向けて描かれたということです。
雪舟等楊は、約3年間を中国で過ごしました。その時に、中国人に向けて「言っておくけど、わたしは日本人だけど、絵がむちゃくちゃ上手ですからね。そこんとこ、よろしくね」と言った感じで描いたのでは? と言われているそうです。
というのも、例えば一番右側の「春」を描いた一幅の左上の方に署名があるのですが、そこには「日本禅人等楊」と記されています。これは「日本の禅僧、(雪舟)等楊ですよ」ということ。
日本で描いたものであれば、わざわざ「日本」などと記しませんよね。
さらに、左下の方に、所有者を示す印鑑が押してあります(鑑蔵印)。『e國寶』によれば「光沢王府珍玩之章」と印字されていて、この「光沢王」は、明の王族に与えられる称号の一つだということ。つまり、それだけこの絵が、中国でも高い評価を受けたということかもしれません。
■春景
いよいよ作品自体を観ていきたいと思います。VR作品『雪舟 ―山水画を巡る―』では、雪舟等楊の絵の特徴の一つは、「線の力強さ」と言っています。これは、迷いのない筆使いということもあるでしょう。
墨の濃淡を使って、構図の中で奥行き感を表現するのも特徴です。そして、その奥行きを使って、鑑賞者の視線を手前から奥へ奥へ、高く高くへと導いていく画面構成……という特徴も、冒頭に記した通りです。
レイヤーとしては、最も手前の中央下部に色濃く描かれている岩であり、その次が画面左下の建物前から続く山道……そしてその道を覆うように在る、松の生えた岩山……さらに山道が続いているであろう左隅のなだらかな山があり、画面中頃から上部へ伸びる大きな奇岩が描かれています。その奥には中盤のアクセントとして小さな東屋があります。その後ろには、とんっとんっと、さらに薄く薄く……奥へ奥へと山が描かれています。
詳細を見ていくと、一番手前……画面左下の山道を、ロバでポコポコと進む人がいます。道の脇に咲く梅に見とれているようです。今回の説明では、白い絵の具が剥がれてしまっているとのことでした。描かれた当時は、満開だったのかもしれません。そうか……この季語とも言える梅の花が咲いているように見えないから、全体としても「春」っぽさがないように見えるのでしょう。
この白い着物の人は、ロバでトコトコとどこへ向かっていくのでしょう……というのを想像させるのが良いです。岩に阻まれている部分を想像し、そこを抜けると、ところどころ道が見えてきます。
その先には、小さな東屋があり、さらに奥にある山並み、絶景を眺めに行くんだろうと、妄想が膨らんでいきます。
昔は、この絵を床の間に掛けて、その前に寝転がりながら眺めていたそうです。
できれば、描かれた当時の色合いが、どんなものだったのか復元されたものを見てみたいものです。今の色合いも渋い感じが良いのかもしれませんが、もしかすると、絹地…キャンパスの色が“白”だったとすれば、もっとコントラストが高まり、奥行き感がでるのかも……とか、想像してしまいます。
■夏景
『四季山水図』の右から2幅目は「夏」です。正直、雪舟の絵を見ても、モノトーンの水墨画だからなのか、それとも雪舟の意図通りなのか分かりませんが、いまひとつ四季が感じられません。
ただ、ここでの夏っぽさは、もっとも手前に展開されている右下の滝でしょうか。滔々と流れる水が涼やかで、夏といえば夏なのかもな……という感じはします。夏になったら、この絵を床の間などに飾るのであれば、自然と、涼やかな印象を得られるのでしょう。
その滝の上には一棟の建物があります。手すりに手をもたれかけて、アンニュイな様子で、その水の流れを見つめているようです。それにしても、この建物は、川の上にかかる橋のようです。以前、ベトナムへ行った時に、こういう建物付きの橋を渡ったことがありました。その橋の下を流れる水は、それほど激しくありませんでしたが、雪舟の描く橋は、作るのも大変そうですね。
その橋から視線の高さをそのままに、左へとスライドさせていくと、山道を歩く人がいます。その道は、時々見失うものの、どうやら目の前に聳える山の上に建つ寺院へ向かっているようです。
「夏」の絵では、奥へ奥へと行くにしたがい高く高く登っていくような構図となっています。山の中腹が少し白くなっているのは雲でしょうか。あれだけ高い山の上に五重塔まで建てたなんて……これは実際にある景色ではなく、雪舟の「こんな場所があったらいいなぁ」という空想だから良いんでしょうね。
■秋景
「秋」です。これは……どこが秋っぽいポイントなんですかね。
とはいえ、これまでと比較すると一気に、人の気配の多くなる絵です。まずは建物が多く、よく見ると屋内には様々な人が描かれています。
一番手前……画面の下に描かれている建物には、旗がはためいています。説明によれば、この旗を「酒旗」と言うんだそうです。水墨画に、この旗があると、お酒が出せる食堂や居酒屋なんだと分かります。旗に「お酒あり〼」と書かれているのかは分かりませんが、そういう目印なんです。
奥へ視線を移すと、そこには何件もの建物が山間に密集しています。建物の前にロバが居ますね。このロバ……「春」の絵に描かれていた人のロボかもな……なんて想像してしまいます(季節が異なるのは、この場合は無視します)。とすれば、ここは日本で言えば山奥の温泉街のような場所なのかもしれません。秋を満喫できる有名な景勝地で、多くの観光客が泊まりに来ているのでしょうか。
山間の街から奥へ進むと、雲海の中から現れる楼閣があります。部屋の中を覗くと、旅人でしょうか……二人が語らっているのが小さく小さく描かれています。雪舟さん……けっこう細かく描く人なんですね。
今回の絵には山道がないなぁ〜なんて思っていると、絵の中ほどの右側から山道が伸びています。その道をたどって登っていくと、峠の上に人が描かれています。
え? どこに人がいるの? って、分からないかもしれません。ちょこちょこっと描かれているだけなので分かりづらいのですが、解説では木こりだと言っていました。この頃に描かれている木こりは、俗世から離れた理想の世界の人の象徴なのだそうですよ。
さらに奥へ高くへと視線を移すと、この絵にも屹立する山なのか崖というべきかがありますね。岩肌が露出していますが、岩の上にも針葉樹が生えているので、森林限界は超えていない……標高で言えば2500m以下なのでしょう。
秋のポイントは下のような感じです。下の手前から、家々があり、右奥へ行くと楼閣あり……さらに矢印の山道を進むと、その上に木こりがいる……という感じですね。
■冬景
最後の「冬」の絵は、『雪舟 ―山水画を巡る―』の解説によれば、夜の景色を描いたものだそうです。なんで夜だと分かるんでしょうね。
写真のイメージを統一するために、上の写真もトーハクの画像サイトからピックアップしました。ただ、記録写真だから少しライトの当て方が特殊なんでしょうかね。陰影や、雪っぽさが全く伝わってきません。
一方、肉眼で見たのに近い気がする下の写真は、トーハクの展示室で撮影してきたものです。こちらで見ると、上よりは岩肌に付いた雪っぽさが分かり、寒々しさや寂寥感のようなものが感じられます。
細部を順に見ていくと、やはり一番最初に目につくのは、手前(絵の下の方)にある、橋の上を歩く人ですね。傘をさしているらしいのですが、この傘……異常に大きくないですか? 当時の中国では、こういう体の上半身を覆ってしまうような傘が流行っていたのでしょうか。それとも雪の日は大きな傘をさしていたのでしょうか。
風流な池の上に建つ庵でしょうか。現代に、こんな風情の宿泊施設があったら、すごく高級なんだろうなと思います。窓からは誰か人が見えますが、なにをしているんでしょうか。
そして、松や柳が本当に精緻に描かれています。これって、どんな筆を使って描いているんでしょうか。柳の枝のように細く描いたり、松の葉のようにモヤッと描いたりと……まぁいろんな筆を使い分けているんでしょうけどね。
こうやって細部まで見ていると、なんだか浮世絵と近いものを感じるようになってきました。描く線の感じとか、ストーリーのある構図などが、近い気が……気のせいかな。
■「ロバ」って何?
Webサイトの『e國寶』で『四季山水図』の解説を読むと、以下のように記されていて、意外でした。
「中国的な傾向が強い」というのは、すぐにうなずけるのですが、「画風的に孤立した作品」だとしている点が不可解です。そもそも「中国的な傾向が強い」のが水墨画……とりわけ山水画ではないの? とも思うんですけどね。
しかも! せっかく「雪舟の描いた水墨画の良さを、やっと分かったつもり」になれたのに! 「画風的に孤立した作品」なんて言われちゃうと……「あんたまだ雪舟の偉大さを分かっちゃいませんね」と言われているみたいで、嫌な感じです。
まぁでも、分かっていないのは実際のところなので、仕方ないですね。
『e國寶』には、面白い情報も載っていました。
雪舟が若い頃……40歳手前で描いた『山水画』にも、ロバに乗る人と従者とが描かれているそうです。これは見てみよう! ということで見てみると……いましたいました!
上の画像は、先ほどから見ている『四季山水図』の「春」に登場する「ロバに乗る人と従者」です。そして下の画像が拙宗を名乗っていただろう時代の『山水図』です(京都国立博物館蔵)。
似ているというか、振り返っている構図も同じですね。拙宗は、雪舟が若い頃に名乗っていた名前だとも言われています(諸説あるようです)。このロバを見ると、たしかに描いたのは同一人物とも思えます。
ただし……ロバに乗る貴人(?)と従者の絵というのは、「拙宗/雪舟のアイコン」と言えるほど、珍しいものだったのかは不明です。
さっ……というわけで、やっと雪舟等楊の『四季山水図』を見終わりました。雪舟の水墨画の良さや面白さを、先週よりも格段に理解したつもりになれました! 今まで苦手だった水墨画も、これからはスルーすることなく、じっくりと見ていきたいと思います。