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ロバート秋山プロデュースのクリエイターズ・ファイル…っぽい大黒さんにクスッ @トーハク
国立西洋美術館へ行ったので、その帰りに東京国立博物館(トーハク)へ寄ってきました。それにしても混んでいますね……毎度のことながらびっくりです。だって先日、特別展『神護寺』と『内藤礼』展が終わったばかりです。今月中旬からの特別展『はにわ』までは、平日はゆっくりと観覧できるのかなぁ……と思っていたのですが、あまかったです。
まぁでも目的のものだけササッと見て、すぐに帰ろうと思って今日は激混みっぽい本館へと向かいました。なのですが、突っ切ろうと思っていた本館1階の仏像の部屋で、いきなり目を奪われてしまいました……。
ロバート秋山プロデュースのクリエイターズ・ファイルと言ったら、美術愛好家界隈では知らない人はいないですよね?(……なんで?) その秋山さんの祖先が、もしかしたら扮装しているんじゃないか? いやこれは秋山さん自身が作らせたものなんじゃないか? っていうような《大黒天立像》が展示されていたんです。
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横から見た時には、担いでいる袋の大きさに目を奪われたのですが……。近寄っていき、正面寄りから見たお顔が……なんでかロバート秋山さんに見えてしまって……(クククッ)。自分の中のツボにハマってしまい、笑いが抑えられませんでした。もちろん爆笑はできませんけどね……ニンマリしてしまっている自分の顔が抑えられなかったんです。
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ロバート秋山さん風の仏像って、時々見かけるんですよね。トーハクだと撮影禁止だったのですが、どこかの地蔵菩薩さん……たしか坐像とか。
まぁでもこちらの《大黒天立像》は、貞和3年(1347)の南北朝時代に、快兼さんによって作られたことがハッキリしています。木造で、今は朱色がまばらに残っているだけですが彩色されていて、目はリアルな玉眼です。奈良の東大寺に伝来した、文化庁が所蔵するもの……という設定で、ロバート秋山さんがなりきっている可能性も捨てがたいですけどねw
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バレた? なんて言ってそうですし、ご利益がありそうでもあります。
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本像を納めた厨子の銘文によれば、道俊房という僧が三重・伊勢神宮を訪れていたとき、夢に伊勢神宮の神と同体とされる大黒天が現れたため、この像を霊木で作ったといいます。また貞和3年(1347)に仏師快兼が作り、奈良・東大寺食堂に安置したことが分かります。
■《菩薩立像 C-20》
まぁ《大黒天立像》もなのですが、今季の仏像の部屋で、みんなに見てもらいたい……というのが、鎌倉時代に作られた《菩薩立像 C-20》です。
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久しぶりの登壇です。謎の多い……というか「菩薩さんだよ」という以外には何も分かっていません。以前、ネットで調べて分かったことについては、すべてnoteに記しました。なんというか……数ある仏像の中でもわたしに刺さる造形なんです。それで、ぜひ見てもらいたいなぁと。
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今回も、展示室へ入って正面という、とても目立つ位置に展示されています。トーハクへ行ったら、ほぼ100%の人が見る作品と言ってもよいでしょうね。
■寛永寺の五重塔に安置されていた《四方四仏坐像》
「旧寛永寺五重塔安置」と解説パネルには記されていました。ただし、間違ってはいませんが、そう記されるのも違うかなぁと感じてしまいます。というのも、現在は東京都立の上野動物園の中にある五重塔は、江戸時代に作られました。その作られた当時は、東照宮の敷地内に建てられ、東照宮の五重塔だったんです。展示されている《四方四仏坐像》は、寛永16年(1639)に「江戸幕府の用を務めた七条仏師によって」作られたとされているので、五重塔が東照宮に建てられたのと同時か、または同時期に安置されたはずです。つまり東照宮の五重塔に安置されていた仏像なんです。
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東照宮という神社に五重塔があったのか? と不思議に感じる人も多いかと思いますが、江戸時代は、神と仏が習合していました。神仏習合のトレンドが長かったんですね。そのため五重塔が東照宮に建てられたのも、不思議ではないんです。ちなみに日光東照宮のチケット売り場のすぐ近くにも……あれは元々どこの所属か分かりませんが、五重塔があります。
上野の五重塔の話の続きですが……神仏習合は幕末にかけてトレンドチェンジが起こり、明治に入ってからはさらに「仏教的なものをぶっ壊せ!」という「廃仏毀釈」へと過激化していきました。そして、その「廃仏毀釈」のトレンドを利用して政権を奪取したと言っても良い、薩長を中心とした明治の新政権は、「神仏分離令」という法律を発布します。今まで習合していた神と仏、神社と寺院を分離しなさい……という法令です。
そんな廃仏毀釈が激しかった時代ですから、このまま神社の東照宮が、仏教的な五重塔を所有していると、五重塔を取り壊されるんじゃないかと、東照宮としては危惧したようです。そこで五重塔の所有権みたいなものを、(その頃は廃寺寸前だっただろう)寛永寺へ移しました。そして寛永寺の所有ということもあったのか、五重塔は廃仏毀釈の難から逃れられました。
さらに戦後に、寛永寺が五重塔の維持コストを軽減したかったのかだったかの理由で、東京都へ寄付します。以降は現在まで、五重塔は東京都の持ち物ということになっています(上野動物園の敷地内にあります……というか五重塔の土地ごと東京都=上野動物園に移っています)。
ということで、その五重塔に安置されていたという今回の《四方四仏坐像》も、今は東京都が所有……そしてトーハクへ寄託されています。
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寛永16年(1639)……385年前に作られたものとは思えないような、状態の良さです。木造で、金泥塗りのうえに漆箔なのだそう(漆箔って何?)……金色がライトに照らされてキラッキラッしているという感じではありませんが、金塊のような重い感じの輝きをしています。
と……これって、以前も見たことがあったよなぁと過去のnoteを調べてみたら、2023年7月7日のnoteに「見た」ってことが記されていました。そして、前回は撮影禁止だったんですねぇ……。
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■そのほかの仏像ラインナップ
なんとなくですが……今回の仏像の部屋のラインナップって、キャラが濃いものが多いような……そして貴重なものが多いような……気がしています。
例えばこちらの《帝釈天立像》……帝釈天(たいしゃくてん)って、こんなフツーのオッサンみたいな神さまだったんですかね? 「おぉ〜ワシになんのようじゃ?」と、ニコニコしながら話を聞いてくれそうな、窓際のサラリーマン的な雰囲気が漂っています(あくまで個人の感想です)。
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こういう雰囲気の神さま、大好きです。正面から見ると……「あのぉ……寝ちゃってます?」みたいな。
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次の大日如来さんも……由来は解説に記されていませんが、平安時代に作られたものだそうです。上の帝釈天さんとは異なり、さすが大日如来! という感じの威厳に満ちています。
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密教において大日如来は森羅象の源であり、あらゆる仏はその化身とされます。仏の王とされるため、如来としては珍しく王族の姿で表わされます。本像の細身の体つきやなだらかな衣文は平安時代後期の特色で、台座の大部分も像と同じ時期に作られたと考えられます。
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そして3メートル以上はありそうな《菩薩立像 C-1620》です。香川県の大川郡の丹生(にぶ)にある脇屋庵に伝来したものだそうです。前回も調べましたが、脇屋庵についての詳細は分かりませんでした。
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眉と目の間が広く開き、目がやや吊り上がる厳しい表情は平安時代前期の仏像に共通する特色です。胸や腹部に括り線を深く刻んで弾力のある体つきに表わす一方、衣の襞は浅く彫られています。穏やかさを基調とする和様へ進む時代に作られたと考えられます。
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次は《地蔵菩薩立像 C-332》です。鎌倉時代・13世紀に作られた木造の地蔵菩薩さん。彩色されていた上に……截金が施され、玉眼の眼を持ってあらしゃいます。姿はとても端正で、落ち着いた雰囲気が漂っていました。
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着物のように胸前で襟を合わせた衣を着る地蔵菩薩像は、現実の肉体を持った地蔵菩薩とみなされ、鎌倉時代に流行しました。切れ長の目やはっきりと刻んだ耳などは、奈良地域で活躍した善円という仏師の作品に多く、本像も善円に連なる仏師の作品と考えられます。
《不動明王立像 C-312》は、平安時代・12世紀に作られました。こちらも木造に彩色と截金が施されていて、玉眼がギョロリとしています。
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怒りの表情を浮かべる顔は、人々の煩悩を打ち砕く明王の特徴です。本像はもともと右手に剣、左手に投げ縄を持っていました。穏やかな表現は平安時代後期の特色で、衣には細く切った金箔で表わした文様が残ります。なお、面部や目の水晶は中世に補われたと考えられます。
■《十一面観音菩薩立像》
十一面観音菩薩が今回は2躯あります。奈良・秋篠寺の寄託品の方は撮影禁止なのですが、同じく平安時代の9世紀に作られた、もう1つの《十一面観音菩薩立像 C-1880》は、秋篠寺のものと比べると小ぶりですが、それでも作りは良いものだと思います。
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もうすぐ特別展『はにわ』が始まってしまうので、今後のトーハクは混雑度的にはカオスとなっていくでしょう。それでも金曜・土曜の18時以降は、比較的に空いていると思います。今季のトーハクは、「はにわ」も良いですけど「仏像」も良いですよ……ということで今回のnoteは以上です。眠い……
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