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東京国立博物館で大人気の『菩薩立像 C-20』の謎を解く……でも解けない

今朝は午前中から東京国立博物館東博=トーハクへ行ってきました。

特別展『国宝 東京国立博物館のすべて』が開催されていることもあって、館内は、ここ数年では最大の混雑ではないでしょうか。トーハクの門の前では、デートでフラッと上野公園へ来た女性が「あぁ……この展示会に来たかったんだよねぇ。でもチケット買ってないし……入れない」と、残念そうに彼氏(と思われる男性)に話しかけていました。

「ちょっと、デート中に失礼しますね。えっと、たしかに開催中の特別展は、すごく魅力的です。ただ、トーハクは企画展以外にも、ものすごく魅力的な展示が多いですよ。たったの1,000円で入れます。彼氏とデートしているよりも、よっぽど楽しいし充実した休日になるはずなので、ぜひ見ていってください」

もちろん、そんな本心は言えませんでしたよ。そういう空気が読めないオジサンに憧れているんですけどね。

でも本当に、トーハクの魅力の一つは、収蔵品が充実していることです。国宝89件と重要文化財648件を含む収蔵点数は、約12万件。その中で展示されているのが約3000件だそうです。また、毎週どこかが展示替えされています。そのため、常設展(総合文化展)へ毎週通っても、新鮮な気持ちで巡れます。

そうした膨大な収蔵品の中で、国宝などを除いて、隠れた人気を誇っているのが、「菩薩立像ぼさつりゅうぞう C-20しー20」です。今回は、このC-20について、ネットで調べた限りを記していきます。

菩薩立像ぼさつりゅうぞう C-20しー20』東京国立博物館蔵

■魅力は、穏やかな表情や、なんとなく金色っぽい肌色

とても穏やかな表情をしている点が、人気の理由でしょうか。そして、細かい賛辞の言葉は思い浮かびませんが、ただただ美しいです。

菩薩立像ぼさつりゅうぞう C-20しー20』東京国立博物館蔵

まず身体の肌の部分が、金泥きんでい塗りという手法で塗られているのが、美しさの理由の一つです。金泥きんでい塗りとは、粉末状にした金を、にかわなどで溶いて“絵の具”状にしたものを塗っていく手法です。金箔を貼ったものと違って、キンキンキラキラに金属質な輝きではなく、肌から発せられているような、そうした自然な輝きをみせています。

金泥きんでいによって塗られた肌の綺麗さは、なかなか写真や文章では表現できませんね…。
菩薩立像ぼさつりゅうぞう C-20しー20』東京国立博物館蔵

薄っすらと開いた眼は、「玉眼ぎょくがん」という、コンタクトレンズのように薄く磨いた水晶をはめ込んでいます。日本では、鎌倉時代以降によくみられるようになった技術です。眼だけではなく“唇”にも彩色が施された上に水晶がはめ込まれています。そのため、光が当たると女性のラメグロスのように、キラッと光ります。

■「菩薩立像ぼさつりゅうぞう C-20しー20」の名前の由来

この仏像で不思議に思うのが、解説パネルにある名前です。「菩薩立像」としか書かれていません。たいていの仏像には、その仏像ならではの、識別しやすい名前……ニックネームが付けられていますよね。

菩薩立像ぼさつりゅうぞう C-20しー20』東京国立博物館蔵

例えば、通称「百済観音」の正式というか、文化庁に登録されている指定名称は「木造観音菩薩立像(百済観音)」です。まずニックネームが「百済観音」で、どういう仏像なのかを表している公式名称が「木造観音菩薩立像」です。つまり木製の、立ち姿の「観音菩薩かんのんぼさつ」だということです。

一方で、トーハク収蔵の「菩薩立像ぼさつりゅうぞう C-20しー20」は、立ち姿の「菩薩」であることしか分かりません。なぜかと言えば、どういった経緯で、いつどこからトーハクへ来られたのかという由来も分からず、観音菩薩かんのんぼさつなのか弥勒菩薩みろくぼさつなのかすら分かっていないんです。

菩薩立像ぼさつりゅうぞうというだけでは、トーハクには数十や百数躯を収蔵しているので、「 C-20しー20」という、トーハクでの登録番号で呼ばれることがあります。おそらく、この「C」というのは、仏像とか彫刻品などの中で20番目にトーハク……ではなく、創設時の博物館または帝室博物館に登録されたということでしょう。例えば「ハ-20」、もしくは「R2-D2」や「C-3PO」などでも良かったはずです。

菩薩立像ぼさつりゅうぞう C-20しー20』東京国立博物館蔵
菩薩立像ぼさつりゅうぞう C-20しー20』東京国立博物館蔵

■空洞の体内に収められた巻物や紙束

最近では仏像などをX線やCTスキャンすることも珍しくありません。いわゆる非破壊検査ということですね。「菩薩立像ぼさつりゅうぞう C-20しー20」も、X線やCT撮影で検査されたことがありました。そして仏像としては珍しいことではありませんが、体内が空洞になっていて、その空洞の中には巻物と紙束などの納入品があることが分かりました。

おそらく、これら納入品は、お経だったり当仏像の由来が記されている可能性が高いです。入っているお経によって、この菩薩が観音菩薩なのか弥勒菩薩なのか、またはそれ以外なのかが分かるのです。

特にCT撮影によって、前述した玉眼に水晶が用いられていることや、玉眼の固定方法、金色の彩色の下地の存在が明らかになりました。

「それじゃあ、分解してみましょうよ」と、思ってしまいますが、もちろん軽いノリでは分解できません。というのも、大事な大事な文化財です。現代人が「由来が知りたい」という好奇心だけで、分解の必要がないのに関わらず、分解してしまったら、劣化を進めてしまうことになります。

また、トーハクの研究員の方々の話によれば、「菩薩立像ぼさつりゅうぞう C-20しー20」の保存状態は、とても良好なのだそうです。つまりとうぶん修理する必要がないため、分解することもないだろうということです。

でも、仏像の美しさが保たれているのなら、何菩薩でも良いような気がしますね。なんとなく尊いなぁって。

菩薩立像ぼさつりゅうぞう C-20しー20』東京国立博物館蔵

■参照サイト

↑ 「東京国立博物館 彫刻担当研究員の皿井舞・西木政統・増田政史が仏像調査についてゆるく雑談します。」

荒木臣紀『産業用X線CTスキャンの活用動向 文化財のX線CT調査』 (PDF)

<以下はまだ読んでいない関連資料>
小島久典『鎌倉時代の菩薩形像における彫刻制作の計画性とその変更について』(PDF)





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