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美術が分かる人の脳内映像が見えてくる……トーハクの『高精細複製屏風』

東京国立博物館トーハクで、人気の屏風の一つに、長谷川等伯とうはくの『松林図屏風しょうりんずびょうぶ』があります。好きな人は、展示ケースの前でジーッと何十分も動かずに見惚れている……という方がいますよね。現在、トーハクで開催中の『国宝 東京国立博物館のすべて』でも、そんな人がいました。

かくいうわたしは、水墨画の良さがいまひとつピンと来ないということもあり、これまで2〜3回は、見たと思うのですが「なにが良いんだろう?」と思いながら、展示ケースの前で突っ立っていました。

長谷川等伯『松林図屏風』(ホンモノ)

「いいなぁ」って思う人の脳内では、わたしとはおそらく異なる映像が見えているんだと思います。単なる白黒の林なのですが、彼らにはどんな風に見えているのか?

「もしかしたら、こういう映像なのかもな?」というのを教えてくれる企画が、同じくトーハクで開催されています。

本館特別3室で開催されている『四季をめぐる高精細複製屏風』です。

春の『花下遊楽図かかゆうらくず屏風』、夏の『納涼図屏風』、秋の『観楓図かんぷうず屏風』、冬の『松林図屏風』を、それぞれ高精細の複製された屏風の上から、プロジェクションマッピングのようなもので演出が施されています。

例えば、『花下遊楽図屏風』であれば、桜の花びらがひらひらと舞ったり、『松林図屏風』では雪がしんしんと降るなかを一羽の鳥が左隻から右隻を飛んでいったりします。

文章にすると、どうにも陳腐な演出に聞こえるかもしれませんが……それはわたしの文章力に問題があるだけで、実際に目にすると、「ほほぉ……そうかそうか……」となりました。


■春の『花下遊楽図かかゆうらくず屏風』

『花下遊楽図屏風』複製

『花下遊楽図屏風』は、わたしは初見だったのですが、満開の桜の下で開かれた宴が、とても楽しそうで……絵の技術は分かりませんが、とてもハッピーな気持ちになれる屏風だと思いました。

この複製を見た後に、特別展『国宝  東京国立博物館のすべて』を見に行って、本物を見てきました。本物を見て「あれ?」と思ったのは、右隻(右側)の中央部分が、ホンモノは欠けているんです。大正の関東大震災で焼失してしまったそうです。

『花下遊楽図屏風』複製(右隻)

複製では、焼失した右隻の中央部分が復元されています。ホンモノの価値はまた別にあるとして、わたしのような美術の門外漢からすると、こちらの複製の方が、美術的な価値が高いです。

『花下遊楽図屏風』複製(左隻)

■夏の『納涼図屏風』

『納涼図屏風』は、ホンモノもニセモノも見たことがありますが、今回は鈴虫などの鳴き声が聞こえるなかでの鑑賞です。一昔前の海の家のような掘っ建て小屋のようですが、トーハクの解説によれば夕顔棚なのだそうです。もともと風流な一家なんでしょうか? わたしには、自分と同じように、それほど金銭的に裕福でもなく、かといって貧しくもない……上手に暮らしている一家のように感じています。

久隅守景『納涼図屏風』

演出では、夕顔の棚の草がゆらゆらと風になびいています。家族3人の表情は変わらないのに、鈴虫の音を聞きながら、草が揺らぐのを見ていると、涼しさを感じるから不思議です。また徐々に空が晴れていき、左上に描かれた月が、完全な満月へと変わっていく様子が見られました。

【2024年5月25日 加筆】

《納涼図屏風》に関しては、下記論文(PDF)で非常に詳細に研究されています。まだ読んでいませんが、面白そうなので、次に同図が展示される時には、読んでから見たいと思います。

大野真実『久隅守景筆「納涼図屏風」の主題に関する一考察

■秋の『観楓図かんぷうず屏風』

こちらはホンモノもニセモノもはじめてです。とても優雅で明るい秋の情景のように感じます。観楓図かんぷうずとあるので、『もみじ狩り図』と言い換えてもよいでしょうか。

描かれているのは、京都の北側・洛北の高雄という場所だそうです。本当は、もうワンセット(一隻)が左か右にあったようですが、今は失われてしまっているようです。

狩野秀頼筆『観楓図かんぷうず屏風』(複製)

演出では、群れをなして飛んでいる鳥たちが、翼をパタパタとさせているくらいだった気がします。この演出が始まると、小学生の一人が屏風の近くまで近寄っていき、不思議そうに見ているのが印象的でした。

そうなんですよね。こうやってガラス越しではなく、名品をじかに見られたり、その演出に不思議さを感じたり……そういうのも複製の良さですね。

■冬の『松林図屏風』

長谷川等伯の『松林図屏風』ですね。ホンモノに関しては、毎年の正月に展示されていることが多いようです(2023年は正月展示はないようです)。こちらは、ホンモノも2回くらい見ましたが、前回見たのは今年の1月のことでした。

その日は東京も大雪だったんです。

「これはトーハクへ行ったら、誰も来ていないはず!」と思って、雪が積り始めた道を歩いて行きました。そうしてトーハクに着いて、国宝室へ行くと、『松林図屏風』がありました。正直、松林図屏風の良さは分かりませんが、本当に静かな……人が息をひそめている静かさではなく……単純に人がいないことから生まれる静かさの中で、『松林図屏風』が見られたのは、良い体験だった気がします。

長谷川等伯『松林図屏風』(複製)

『松林図屏風』って、なんで正月に展示されるんだろう? って考えると、単に人気だからだって思っていたくらい、この屏風のことを知りません。今回の演出を見て「あぁ…これって冬の情景だったのか」と、やっと分かった次第です。

前回、わたしが屏風を見た時の天気と同じように、演出では空からしんしんと雪が降っています。静かな中で、時折、松林がカサカサと揺れているのも表現されていました。そして、一羽の鳥が左隻から右隻へと飛び去っていきます。

こういう美術初心者向けの企画は、とても分かりやすく、ありがたいです。撮ってきた動画を子供に見せて、今度見に行く? と聞くと、「(行ってあげても)いいよ」風に答えていたので、週末にでも見に行こうかと思います。


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