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この寒波が過ぎるとようやく春だ。風が吹けばあっさりと飛ばされかねない狭い狭い我が家で、押しくらまんじゅうでもするように縮こまって過ごした冬の終わりももうそこまで来ているのだ!我先にと大義を掲げて飛び出していったせっかちな仲間もいたけれど、行く末は誰も知らない。所詮この世は数の論理、どんなに優秀でも、少数じゃ太刀打ちできない。時機さえ掴めば、豚だって風に乗って空を飛ぶんだ。そしてようやく僕らにもその時が来たんだ。 思い返せば、いつからこんなところでぎゅう詰めにされていたんだろう
1.彼女の雨 受話器を置いてソファに腰を下ろす。ティーバッグを浮かべたカップのふちには数十分前の飲み口の跡を鮮明に残したまま、必要以上にその濃度を増して、温もりさえなくしている。「気持ちが強すぎて冷めきっている」彼女の心境を如実に表しているようで、もう今さら口をつけようとは思えない。 窓ガラスには、打ち付ける雨粒が滴り落ちるその奥に彼女の歪んだ顔が翳りをもって映り込んでいる。高層階とはいえカーテンは開けっ放し。月の明かりでも隣家の灯りでもいい、とにかく窓の向こうからわずかな光
小さな窓から注ぎ込む日差しが眩しくて、思わず目を覚ます。ベッドの脇に備えつけられた出窓は南向き。ここから日光が降り注ぐ、ということは、今日という一日も半分が過ぎつつある、ということ。 傍らで休む彼は相変わらず締まりのない寝顔を浮かべている。パリッとアイロンをきかせたシャツを着こなしネクタイは程ほどに締め、しわ一つないジャケットを羽織って朝この部屋を笑って後にする彼は、あれだけ透き通っていて、それだけ決まっているというのに、眠りについたときのこの顔といったら。ワタシしか知らない
傾き始めた夕日が空を紅く染める。朱色というよりむしろ茜色に近い秋空は、春の陽だまりや夏の木もれ日なんかよりずっと、ワタシに安らぎを与えてくれる。だけど、そんな夜は決まってさみしさも募って、切なくなるんだ。 カレのうちからワタシのおうちまで時間をかけて20分。たったそれだけれど、ワタシにとっては大切なひととき。離れるのが恋しくてあえてまわり道、カレの手を引くようになじみ深い土手の坂道を上る。なんだか風が心地よい。 前を行くワタシと後を歩くカレ、おのずとワタシが主導権を握る。