種のテロリズム
この寒波が過ぎるとようやく春だ。風が吹けばあっさりと飛ばされかねない狭い狭い我が家で、押しくらまんじゅうでもするように縮こまって過ごした冬の終わりももうそこまで来ているのだ!我先にと大義を掲げて飛び出していったせっかちな仲間もいたけれど、行く末は誰も知らない。所詮この世は数の論理、どんなに優秀でも、少数じゃ太刀打ちできない。時機さえ掴めば、豚だって風に乗って空を飛ぶんだ。そしてようやく僕らにもその時が来たんだ。
思い返せば、いつからこんなところでぎゅう詰めにされていたんだろう。昔のことはよく思い出せないけれど、何か重要な役割を担っていることだけはハッキリ認識している、そう不思議なほど。こういうのをきっと遺伝子に刻まれてる、なんて言うんだろう。その本能が春を捉えて、心がほとばしって仕方がない。きっと隣のおまえも、その隣も、その先だって同じだよな、声には出さないけれど、この気持ちはシェアできている、そんな自信があるのだ。
僕らの存在に気づいたら、また彼らはいつものように騒ぎ立てるだろう。きっと去年を上回る対策だって立てているに違いない。あの扇動感と一体感、彼らの一瞬のパワーには哀れみさえ覚えるが、技術力だけは馬鹿にできない。あと少し、もう少しだけ、彼らの創意工夫が間違った方向にさえ向かい続けてさえくれたら。今年もやれ発酵食品だ、やれビフィズス菌だ、やれ新しい薬はどうだと、さも有効策のように巷を騒がせていることは想像にかたくない。しかしそんなもの、僕らの大いなる目的にとっては、なんの障壁にもならないのだ。
さぁそろそろ準備をしよう、きっと寒さをあと数日で和らぐから。この小さな我が家で、押し合いへし合い身をかがめて。もっと機能を集約して、仲間たちの身体まで畳んで。もっともっとコンパクトに。
彼らに気づかれないほど存在感を消して、彼らの身体に深く深く潜って。くしゃみなんてもってのほか、見つかってなるものか。
彼らの身体に蓄積された僕らは、やがてどこか未開の地で花を咲かせるだろう。これも我が種の存続のため、そう思い出した!大いなる目的。言うなれば種のテロリズム、貴重な人間様を煩わせてなるものか。
花粉症ってつらいですよね。でもつらいうちがまだいいのかも。。
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