ヤクルト24年ドラフトから感じるオニャンコポニズム 前編
2024年ヤクルトスワローズのドラフト指名を冷静に振り返ってみて、最終的に浮かんできたのは漫画『進撃の巨人』で私が3番目に好きなシーンだった。黒人を見たことがなかったサシャという女の子が率直な考えをぶつけて、オニャンコポンが秀逸な返しをするという地味ながらも作中でもかなり話題になった場面だ。
ちなみに、2位はケニー・アッカーマンの「みんな何かに酔っ払ってねぇとやってらんなかったんだな…みんな何かの奴隷だった…」のセリフで、1位はライナーが銃口を咥えるシーン。
まだまだ語れる進撃トークは置いておいて、今年のドラフト指名は全体を通してこの「いろんな奴がいた方が面白い」を体現するかのような多様性に満ちた,今までのヤクルトの指名傾向を変えてきた印象を受けた。それを今回は私の偶然の直感から”オニャンコポニズム“と呼ぶこととする。
“オニャンコポニズム“はどの選手から着想を得たのか。それはもちろんドラフト2位で指名された、両親がロシア人のモイセエフ・ニキータ選手…ではない。確かに彼は原作通りの「いろんな奴がいた方が面白い」に合致するし、単純に野球選手としても今回の趣旨に合う要素はあるから、それは後編で触れる。ただ、今回この着想のきっかけとなり,そして最も強く“オニャンコポニズム”を感じるのは、ドラフト3位で指名された荘司宏太投手である。
いつもと違う『左腕』指名
3位で荘司を指名した時は、「まーた3位で中継ぎ系の即戦力投手行ったよ。しかもお得意の左腕。」と内心思っていた。正直。荘司だけに。事前報道でも「左腕の層が薄い」と首脳陣含め何度も言われていたし、なによりヤクルトは左腕をドラフトで指名するのが大好きだから、左腕を指名することはある程度想定できていた。
「安直に左腕に行きよって。ちょっと微妙じゃないか…?」というところから「いいかも!」と思い直した理由は、荘司を指名したポイントは『チェンジアップが武器である左腕』というところではないかと仮説を立てたことにある。
ヤクルトの左腕は田口麗斗投手,山本大貴投手や久保拓眞投手のような直球とスライダーを軸にシュート系で内角にも投げられますよ、みたいな横変化系を得意にするタイプが傾向的にも多い。それに対して荘司はチェンジアップという縦変化/奥行き系の球種が生命線で、ヤクルトでは珍しいタイプ。ただ左腕が少ない編成を是正するための指名というだけでなく、『左腕でチェンジアップが武器』という個性がヤクルトの継投にバリエーションを作り出してくれるんじゃないかと期待できる。それが、”オニャンコポニズム”=いろんな奴がいた方が面白い、に繋がってくるわけだ。
左腕を狙う意義を改めて考える
そもそも、なぜ人類は左投手をわざわざ欲しがるのか。抑えればなんだっていいじゃん、いい右投手が大量にいればいいじゃんと考えることは何度もあった。事実、連覇中のヤクルトのブルペンに左らしい左は主力の田口と一時期の久保くらいだったし、3連覇オリックスや広島のブルペンも左はほとんどいなかった。
とはいえ、『右左問わず良い投手を並べる』というのは答えの1つ。右も左もバラエティ豊富で試合の中で取れる選択肢が多い方が『究極の理想』でもあり、『戦力が薄い中でも抗うための強み』にもなるという意味では左腕をわざわざ狙うことも正解にはなる。
具体的に、ブルペンにいる左投手には何が求められているのか。一般的な回答で言えばそれは『左打者を抑えること』だろう。先に触れた「選択肢を多く持つ」の一例として、左が続く回や勝負所のワンポイントで左投手を起用するなどが思い浮かぶ。
荘司に求められる役割
では、今回指名した荘司にもそれが求められているかと言えばそれは違うと思っている。その理由は、荘司がチェンジアップを武器にしているからというところに戻る。より細かく言うなら、スライダーのような横変化は得意としていない分チェンジアップは魔球と言えるほど得意なタイプの投手だからだ。そういったタイプの投手はプロで言うならDeNA・濱口遥大投手や広島・森浦大輔投手が挙げられる。ここでデータを見ていこう。
まずは、De・濱口の過去4年間の対右打者・左打者別の成績。
続いて、同条件の広島・森浦。
※データ参照元
このデータをもとに何が言いたいのかは、以下の通り。
・両者とも被打率の高さはどの年も左打者>右打者
・奪三振の割合が低いのもほぼ例外なく左打者>右打者
左打者がむしろ苦手である根拠としては、このあたりが分かりやすい。
OPSで見ると森浦は対右打者でより四球を出しやすく被弾も多いことからそこまで差が生まれていないが、濱口は明確に対左打者の方が成績が悪い。
縦変化に強みがあるのに対して直球や横変化系は並みのピッチャーは効き腕と同じ打者が苦手、かつは利き腕と逆の打者は得意な傾向があることがデータを見ている限りなんとなく分かっていて、おそらく荘司もこれに当てはまると推測している。メカニクス面などはよく分からないが、おそらく何らかの理由で縦変化の球種は左投手対左打者,右打者対右打者よりも左投手対右打者,右投手対左打者の方が有効に使えるのだろう。
よって、荘司は田口や山本のように勝負所の左殺しという役割は担えない分、『チェンジアップが武器である左腕』というヤクルトにいないタイプのリリーバーとして、継投に変化をつけながら1イニングをきっちり任せることを求めて指名したのだと推測できる。荘司のような異色の変化球がある投手が継投に加われば、同じようなタイプの投手を同じ打者に当てるのと比べて打者に異なる対応を迫らせやすい。もちろん成功が確約されているわけではないが、もし一軍戦力になれるのであればヤクルトでは荘司にしか出せない個性で独自の役割・地位を確立してくれるのではないかと思うと今からワクワクが止まらない。
今これを読んでいるヤクルトファンのあなたも、来年の神宮でドラフト1位の中村優斗投手が155㌔の直球とスライダーを駆使して6回まで無失点に抑えた後、7回表にDeNA・牧秀悟選手からチェンジアップで三振を取る姿を見て「いろんな奴がいて面白いな」と思うことだろう。
長くなってしまったのでここまでを前編として、後編ではその他の指名選手のどこに”オニャンコポニズム”を感じるのかを書いていく。
後編に続く