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小説 | 島の記憶  第19話 -見知らぬ人-

前回のお話


「・・・・!」「・・・?」「・・・。・・!!!」

誰かが話している声がする。まぶしい光の中、私はうっすらと目を開けた。途端に、左脚に激痛が走った。今まで味わったことのないするどい痛みに耐え切れない。まるで脚に杭を打ち込まれているようだ。私はまた気が遠くなっていった。


2度目に目が覚めた時、私は波打ち際に横たわっていた。やはり左足に鋭い痛みが走る。ふと見ると、私の周りを小さな子供たちが囲んでいた。


「ここはどこ?」私は痛みに耐えながら、その子供たちに尋ねた。声が小さかったからだろうか、子供たちは私の顔を見ながら何かほかの事を話している。もう一度、大きな声で「ここはどこ?」と聞いた。

子供たちは一瞬きょとんとして、またこちらに向かってしゃべり弾始めた。言葉に聞き覚えがある。古語に似ている言葉だ。

「姉さん、海・・・。魚・・・脚・・・食・・・」

私はかた肘をついて体を起こすと、自分の左足を見た、鋭い牙で食いちぎられたのだろうか、左足は膝の下から無くなっている。

私は知っている古語の単語を寄せ集めて、子供たちに聞いた」

「ここはどこ?」

「・・・。浜から遠くない。行こう・・」

私は立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。それどころか左足はもうなくなっているんだ。子供のうちの一人が、肩を貸してくれた、

「僕の・・・・・・!」その子は私の手を取ると自分の肩に乗せ、私を支えながら歩いてくれた。そのうち右側にいた子も真似をして、私の手を肩に置かせてくれる。

一歩一歩の歩みが激痛を伴った。子供は5、6人いただろうか。何人かの子供たちが走り始めて、私たちは置いていかれた。

「・・・。大人、連れ・・」左側にいた子が言った。私は痛みをこらえながら答えた

「わかった。大人を連れてくるのね?そうでしょ?」

その子は繰り返す。「大人・・連れてくる。」

そのうち、先ほど走り始めた子供たちが、一人のお年寄りの男性を連れてきた。

私の左側にいた子が、大声でどなる「大人・・言っただろ!お年寄り・・だめ!」

「・・・!・・・!」子供たちは何かを話している。

その老人は、私に身振り手振りで浜辺にあった大きな石に座るように促すと、持ってきた袋から布を取り出し、ココヤシの中に入れていた真水で傷口をあらうと、何かべったりした緑のものを布につけ、傷口に張り付けていった。傷口に沁みる痛さに思わず声が出てしまう。老人は沢山の綿を固めた柔らかい塊を傷口につけると、長い布切れを幾重にも脚と傷口に巻いていき、端を留めた。

「・・・・、大丈夫。・・・。こちらへ来なさい」

「はい。」

通じたかどうかわからないが、私は傷の手当てをしてくれた老人と、肩を貸してくれる子供たちと共に浜を歩き、ある建物の中へ入っていった。

大きな岩でできているその建物は、床や壁が滑らかな岩でできている。四角い岩の表面を滑らかにし、いくつも並べ、積み上げしたその建物は、村の家とは見比べもないような大きな家だった。入り口に着くと、お婆さんが迎えてくれた。


「お姉さん、・・・浜・・・脚・・・歩く・・・」

「・・鮫・・・食べる・・・・治した・・・・」

子供たちはお婆さんに盛んに話しかけ、私がどのような状態か伝えようとしていた。


おばあさんは何も言わず私を受け入れてくれた。

おばあさんの家に入ると、冷たくて滑らかな石の床をゆっくりと歩きながら、部屋の奥にある階段まで連れて行ってくれた。「・・・登れ・・?脚、・・・・歩け・・・?」

なんとなくだが、階段が昇れるかと聞かれているような気がして、私は「はい」と答えた。するとおばあさんは驚いて、「…言葉・・・話せる・・?」と尋ねてくる。

私も古語で「はい、私の島の古い言葉が話せます。」と返事をした。

とたんにおばあさんは、もっと通じやすい言葉で話し始めた。

「お嬢さん、あなたは浜辺で・・・ってた。鮫に脚を食べられた。痛い・・・?」

「痛いです。でも大丈夫です。私は鮫に脚を食べられたんですね」

「上へ行きましょう。寝・・・」

私たちはゆっくり階段を上っていった。一歩一歩、激痛が走る。

上の階には小さな小部屋があり、明るい窓からは日差しがさんさんと部屋を照らしている。部屋には石で作った横長の台の様なものがあり、おばあさんは「ここで横になる・・・」と言って、私が石の台に横たわるのを手伝ってくれた。

「今日はここでお休み。明日には・・・をつれてくるよ。食事はいるかい?」

空腹だったことを忘れていた私は、おばあさんに「はい、お腹がすいています。空腹です」と告げた。

おばあさんは部屋の外へ出ていき、しばらくすると見たこともない食事が出てきた。

つやつやした石のボウルに入ったのは、香りからするとかぼちゃのスープではないか。ボウルの横には、先端が丸くへこんだ石の棒があった。おばあさんが身振り手振りでその棒の使い方を教えてくれた。この棒の先にあるくぼみでスープを汲んで、口にもっていくんだ。おばあさんはにっこりと笑い、次にボウルにいっぱいの野菜と魚の入ったスープを持ってきてくれた。こんな具沢山のスープは初めてだ。かぼちゃのスープと、具沢山の魚のスープをあっという間に平らげた私は、横になり、脚の痛みに耐えた。


気が付くともう朝になっている。私が壁を伝いながら下の階に行くと、おばあさんがにこにこと笑っていた。「おはよう。昨日は・・・眠・・?起こし・・・」

私はおばあさんに、「はい、昨日はよく眠れました。ありがとうございます」と返事をした。


おばあさんは、「こちらへ」と言って私に棒を差し出すと、すたすたと部屋の右奥の階段の方へ向かった。私は棒を持って慌てて片足で跳ねながら後を追った。一歩ごとに刺すような激しい痛みがある。それを見たおばあさんは、棒の使い方を教えてくれた。左手に棒をもって先端を床につけ、その棒を支えにして右足を出す。これなら左脚がなくとも少し楽に歩ける。


階段の奥の部屋はおばあさんの台所の様だった。石造りの台の上に野菜や魚、干し肉などが並べられ、ココヤシや見た事のない野菜まで乗っている。

「朝ご飯・・・。食べて。」おばあさんは私を大きな石の台の下に合った木の丸い台に座らせると、石の台の上に上を割ったココヤシ、ココナツミルクの入ったココヤシ、干し魚、あと見た事のない丸い野菜を出した。茶色いその身は丸く、甘い香りがする。おばあさんはその丸い野菜にナイフを入れ、半分にしてから私の方へよこした。

「食べなさい。元気になる」私はおそるおそるその実を口にした。

甘い!甘くふくいくとした香りが漂う甘酸っぱいその実は、これまで食べたことがなかった。「キーウィーというのよ」おばあさんが続けた。


朝ご飯が終わり、わたしはもう一度自分の部屋へ戻った。


今、私はどこにいるんだろう?リアは?小さなマナイアとマヌは?岩島に括り付けたあの子たちはどうしているんだろう?岩島に助けは来たのだろうか?それとも私の様に波にさらわれてはいないだろうか?母さんやおばあちゃん、叔母さん、お兄ちゃんやカウリは?村は?神殿は?

記憶がどんどんよみがえるにつれ、私は最悪の事態を考え、床に突っ伏して泣き出してしまった。私の大声を聞いたのか、おばあさんが部屋に入ってきた。おばあさんは優しく背中をなで、声をかけてくれる。「・・・・分からない・・・泣く・・泣きなさい・・・」

泣きなさい、の一言に、私は号泣した。もしかしたら家族を全員失くしたかもしれない。そう思うと、今ここで生きている自分が何ともみじめに思われてならなかった。なぜ私は生きているんだろう。そう考えると、私も一日でもはやく村へ、家族の元へ帰りたかった。


(続く)

(このお話はフィクションです)

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