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昔語り:海外旅行と長すぎた蜜月

「あんなの,観光客にバカ高いコッツウルドのアフタヌーンティでも食べさせておけばいいのよお!」

30年程前に6年程子供の時にイギリスで暮らしてにいた知人が言った。

この知人は幼少の頃アメリカで長く生活し、その後6年程イギリスで生活した人物である。

海外旅行の門外漢が、海外旅行のマーケティングを知り尽くしたかのような発言をしたのは興味深かった。

海外にある程度長く居た人は、観光客と長期滞在者との区別を付けたがる人がいるようだ。

自分は海外に長く居るので、居住者、または地元の人物と区切りをつけ、旅行者とは違うという認識の人。

確かに長期滞在の人であればあるほど、「自分は観光客とは違う」というメンタリティーになる人は非常に多い。比較的長い滞在であればあるほどそのような気質になるものなんだろう。

長期滞在での経験値が違えば、自分は「地元の人間である」という気持ちが強くなっても仕方がない事なのかもしれない。ある意味,勘違いがおこりやすくなるのだ。

同じ様に比較的長期にイギリスに滞在した知人は、「ウエストエンド(ミュージカル)反対運動」などを積極的に行っていた。

ロンドンは生活する場であり、観光客がミュージカルを楽しむ場ではなく、ミュージカルを楽しみに日本から訪れる観光客に反旗を翻した運動の一つであるという。たった数年海外にいただけで、「自分は日本人とは違う」とでも言いたいのかもしれない

海外に長期滞在する人は、観光で訪れる日本人とは自分は違うとの意識がある人がいる。

海外と言っても様々な国があるが、ヨーロッパの様に人種が日本とは異なり、東洋人が少ない地域であればあるほど「自分は観光客とは違う」という意識になられる方も多いかと思う。くだんの知人もその一人だった。

しかし、冷静に見れば東洋人は東洋人で、地元の人から見れば確実に外国人だ。

どんなに頑張っても、親しくしている友人以外からは確実に外国人とみられることは火を見るより明らかだ。どんなに滞在年月が長かろうが、道行く人から見れば東洋人であり、外国人と思われるのは至極当然のことである。

イギリス滞在がたったの5~6年であっても「自分は地元の人間、観光客とは違う」というメンタリティーを持っている人物がおり、その人間が「アフタヌーンティなんて観光客にバカ高いものを食わせておけばいいのよ!」などという人間を見るのは非常に興味深い経験だった。

海外に長期滞在する日本人は、30年ほど前までは、たった5~6年の滞在でも、地元に溶け込み、自分がまるで地元の人間になったかのような錯覚を覚える人もいた様だった。彼らは自分は観光客とは違い、何か別のステータスを持ち、観光客をバカにしてよしとするような考えを持っている様だ。日本に帰国して数十年たってもそのようなメンタリティーは変わらず、観光客をバカにして嬉しそうに大笑いする態度は変わらないらしい。

日本から海外に旅行する人たちのためにツアーを企画することを生業にしていた筆者にとって、彼らの考えは寂しくも思え、また情けなくも思えることだった。

筆者が海外旅行を生業にすることを決めたのは約30年前。「海外に行くのにはどのようにすればいいのか分からない」という悲痛とも言うべき人たちの意見を聞いて、せめて何らかの手助けになれば良いと思って海外旅行の世界に飛び込んだ。当時はバブル崩壊後の数年後だったが、現在ほど円が下落しておらず、海外に安価で出かけることは可能な時期だった。

社会人になって限られた地域であったが、日本とは文化や価値観の違うヨーロッパに行きたい人々を支援したく、各国の観光名所や日本ではまだ一般的に知られていない観光名所を日本の旅行会社に推薦することに奔走した。

そんな中で、「ウエストエンド反対運動」は聞いていて寂しい運動の他何物でもなかった。ミュージカルの好きな日本人にロンドンを体験してもらうにはもってこいだった30年前のロンドンのミュージカル街ウエストエンド。

イギリスに落ちるお金も半端が無く、何よりも当時反日感情の高かったイギリスに日本人が行き、かの地でイギリスの良い面も悪い面も見に行くきっかけになる。地元民の経済への貢献と言えば多大なるものだ。そのミュージカル鑑賞や異文化体験に反対する「ウエストエンド反対運動」は情けないに越したことの無い運動だった。

また、ロンドンに比較的長く住んだ日本人から「日本人が訪れる観光地は門切り型。本当のイギリスを知っていない」との意見も良く聞いた。

時間が限られる観光の中、外観だけではあるが、ウエストミンスター寺院やビックベン、故ダイアナ妃とチャールズ国王が挙式を上げたセントポール聖堂などを組み込んだツアーなどは定番ではあった

しかし長期滞在している日本人にとっては「表面だけの観光でロンドンを知ろうとしていない」と言った意見を寄せられることが多かった。

そこで、その長期滞在者に「本当のロンドンを知るためにはどこに行けばいいのか」と尋ねた所、小規模な教会などの紹介があった。

どのような特徴があり、見どころは何かと訊ねた所、「ここは自分が好きな教会。長期滞在をしている自分が勧めるのだから間違いない」といった、旅行商品として全く売れるような価値の無い場所ばかりが提案される。限りある文献で調べてみても、大金を払ってロンドンを訪れる観光客が行くのに相応しい場所だという確証は得られなかった。

海外に長期滞在して「自分はここの住民」という感覚になっている人が旅行業に向いているかは非常に疑問に思える出来事だった。

「反ウエストエンド運動」や個人的に好きな教会、または「観光客にはバカ高いアフタヌーンティでも食べさせておけばいいのよ」といった意見では、海外を訪れようと思っている人々の心には響かない。

自分の予算範囲で海外を楽しもうとしてる人には、個人旅行でない限り現地に住む人々の意見は全く参考にならない場合がある。主観的な意見が混じり、日本からの観光客の希望に合わない事が大半だからだ。

「自分が提案している教会をツアーに組み込まないのは日本側の責任」と言った意見も聞く。しかし,「自分が行って良かったからこの教会はツアーに組み込まれるべき」といった程度の意見で海外旅行が成立するだろうか。

どのような顧客がターゲットになるか。どのようなセールス・ポイントがあるのか。

訪れる価値があるのか。何を見て感動できるのか。海外にある程度長く住んだ人たちからはそう言ったマーケティング的な情報は無く、あくまで主観的な「日本人である自分が行って良かったからいいんだ」と言った乱暴な意見しか聞かれなかった。

「観光客にバカ高いコッツウルドのアフタヌーンティ」は、いくつかの旅行商品にくみ込まれていることがある。

コロナ後、そのアフタヌーンティを提供しているお店が営業してるがどうか定かではないが、鄙びた田舎でアフタヌーンティを頂くのは決して悪い経験ではないし、むしろ得難い経験になるのではないだろうか。

文化の側面のアフタヌーンティーと言えば、「ティーダンス」が鉄壁だ。優雅なお茶とスコーン、軽いサンドイッチやケーキを頂いたく。

その後は、ある程度年齢の行った人ならティーダンスを楽しむ。ホテルで開催する事の多いティーダンスは、社交ダンスのでであり、ただ形だけのアフタヌーンティーを楽しむだけの中途半端な文化体験には遠く及ばない、アフタヌーンティーを楽しみながらティーダンスを見るだけでも、普段日本では知ることの出来ない体験に鳴るのでは無いだろうか。

ウエストエンドのミュージカルも現在ではすっかり定番となり、劇場に足を運んでみたいという人の意見も良く聞く。

何よりもコロナ後の現在、サービス業やエンターテインメント業界は営業を盛り返すために必死の努力をしてると思われる。

海外に長期在住している人達からすると門切り型の観光や体験だとしても、日本から初めて海外を訪れる観光客にとっては何にも変えられない得難い体験の一つだ。

それを「海外に長年住んでいる日本人からして、ありえない」の一言で握り潰すような真似はしていただきたくない。

長年海外に住んでいたとしても、その人にも最初の一年と言うものがあったはずだ。

それを忘れず、観光で訪れる日本人を貶めるような真似だけはしていただきたくない。

ヨーロッパだけに限れば、インバウンドの旅行者で持っているようなサービス業や観光業者がいくらでもいる。コロナ後、オーバーツーリズムに悩むような自治体も増えているようだ。

しかし「長期滞在の日本人から見て、くだらない観光はやめにして欲しい」などといった寂しい意見は控えて欲しいと思う。たかだか5~6年程度の滞在で地元を知っていて、いかにも現地化したような気分になって、日本人の観光客の需要を知っているというと勘違いするのはなおさらである。

コロナも全く終焉したとは言えない昨今だが、国境は確実に開いた。観光客は世界中で動いており、地元の経済に貢献する得難い存在の一つだ。

せめて日本から初めて、いや久しぶりに海外を訪れる人達を貶めるような発言だけは避けていただきたいと思うこの頃だ。



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