【読書メモ】21世紀の不平等
「21世紀の不平等」、アンソニー・アトキンソン著
昨今注目の経済学分野である「格差」を扱った研究書である。ベストセラーとなった「21世紀の資本」の著者であるトマ・ピケティ氏が本書の「序文」で指摘するように、格差是正のための政策提言を展開する「行動計画に完全に専念した本」であり、格差・貧困問題を扱う大著である。
筆者のアンソニー・アトキンソン氏はピケティ氏の師匠にあたり、格差・貧困問題を理論的・実証的に研究してきた世界的権威である。ピケティ氏も大きな影響を受けた研究者の一人である。
非常に難しく、理解できずに読み飛ばしてしまった箇所もあったが、印象に残ったところをいつものごとくメモしておこう。
本書「21世紀の不平等」の概要
第1部は、歴史をたどり所得不平等の拡大についての事実認識とその変化の要因の分析から始まる。グローバル化や技術革新が格差拡大の原因であることは間違いないが、労使間の交渉や分配に関する社会的規範、税制が不平等縮小に貢献することを指摘する。
多くの国々で所得の不平等が拡大しているが、世界大戦後の数十年は不平等は縮小した。1945年から1970年代までの不平等の減少は社会保障制度と移転の拡大、賃金のシェアの増大、個人資産集中の減少、そして政府介入と団体交渉による収入の散らばりの縮小などで説明ができるという。さらに不平等の減少は、市場所得の不平等減少と効果的な再分配が組み合わさることで実現したことを過去の経験例から示している。市場所得は、私たちがコントロールできない外生的な力だけによって決定されるのではない。市場所得の不平等縮小は可能だという(この意見は、不平等の治療法が戦争と疫病しかないとするWalter Scheidelとは異なる)。
その後、1980年代以降不平等が拡大したのは、社会保険の削減など、制度が弱まり再分配が機能しなくなった。一方、2000年代の中南米など不平等は縮小したが、これは政府による再分配の政策介入によって達成された。
第2部では、格差是正のための15の具体的な政策提言を示す。所得税の累進性強化、児童手当の拡充のほか、最低賃金による公的な雇用保証、成人に達した時点での国民全員への資本給付、労働組合の交渉力強化など、ラジカルな内容を含む。本書の提言に対しては、「1960~70年代への逆戻り」(英エコノミスト誌)と評するなど、批判的な声も出ているようだ。著者はそうした反応を執筆時点で予想し、3部構成の本書の第3部を、予想された批判への反論に費やしている。いくつか、批判と反論をセットで、忘備録として抜粋しておこう。
「公平性と効率のトレードオフ」は国民所得とその成長力を減じるものだと言う人もいると思われる。それに対して私は、そうした異論は現代の経済の仕組みをどのように理解するかに決定的に依存しているのだと答えたい。市場経済には多くの欠陥があり、公平性と効率を共に発展させることのできる状況があるのは明らかである。不平等を減らすことは経済のパフォーマンスを高めることと矛盾しない。
「グローバル化された経済において、国家は不平等の縮小などという選択肢を選べない」と言う人もいるだろう。それには、国家はただ単に世界の発展を受動的に受け止めるだけの存在なのではないと私は答えたい。一国の富の分配は、変化し続ける世界へ政府がいかに対応するかで変わる。
トマ・ピケティ「21世紀の資本」の復習
本書は「21世紀の資本」と翻訳者が同じで中身も通じるところがあったので、以前に読んだ「21世紀の資本」を少し復習しておこう。
「21世紀の資本」では、上位層への富の集中に焦点を当て、資本に対するグローバルな累進課税を提言する。金持ちが資産運用するほうが、庶民が働くより稼げてしまい、格差が広がっていることにピケティは警鐘を鳴らす。以下の不等式は一躍有名になった。
R > E(Return on capital; 資本収益率 > Economic growth rate; 経済成長率)
この提言が出てくるまで、経済学者たちは揃って、労働者の努力で格差は縮まると述べていた。過去100年程度の歴史を参照した上での見解だが、この期間には2度の世界大戦が起こっている。戦争は緊急の需要を生み強制的に経済成長率を高め(Eが大きくなる)、軍事費用のため政府が金持ちの資産を没収し(Rが小さくなる)、格差が縮まるという特殊な環境下であったのだ。
ピケティはもっと長い期間のデータが必要と考え膨大なデータを蒐集し、資本家と労働者の格差が拡大しており、今後さらに拡大していくことを示した。そしてその解決策は、世界的な累進資本課税であると述べる。またピケティは資本主義の競争原理による多少の格差は否定しておらず、世襲される資本主義を否定している。富める家族は2世代、3世代と資産と機会が継承されていき、格差が広がり続けるという。機会の平等化という点では、Michael Sandelと同じで、経済学の伝統的意見と一致するのではないだろうか。
アトキンソンとピケティの意見の違い
ピケティや経済学者の伝統的な発想は、「機会の平等」さえ担保できれば、できるだけ市場に任せて効率性を追求し、格差是正はその後に必要に応じて、というものだ。一方、アトキンソンの政策提言はもう少しラジカルである。本書は、教科書に描かれるような市場はそもそも存在せず、政府は分配を意識して市場に積極介入すべきだと主張する。IT(情報技術)など技術革新に格差を拡大させる傾向があるのなら、格差を是正するように技術革新を政府が誘導すべきだとまで言う。さらに、効率性と公平性は常にトレードオフ(二律背反)の関係にはなく、公平性の追求で効率性が高まる可能性も十分あると主張する。
所感
本書は、第1部:不平等の各国の現状説明、第2部:それに対する政策提言、第3部:提言に対する反論予測とそれに対する筆者の見解と、シンプルな構成となっているのだが、難しいというか、読みにくく、理解できず読み飛ばしてしまった箇所もあった。内容がやや英国内向きであり、英国で展開されてきた社会・経済政策に関する知識がないとわかりにくいところもある。タイトルのつけ方も二匹目のドジョウというか、商魂たくましいというか、悪く言えばせこい感じがする(笑)。
しかし内容は興味深い。政府の介入を大きくする理論を提案しているため、現在の世界経済の状況を踏まえて読むと面白い。さすがにイギリスのEU脱退までは予想できなかったようだ。
不平等是正のために、累進課税や相続税・贈与税の強化を財源として、最低賃金引き上げや児童手当増額などの分配政策を強化すべきという提言は、新自由主義に終止符を打ち、大きな政府や民主社会主義台頭の福音となるのだろうか。
80年代に「ゆりかごから墓場まで」と言われたイギリスを壊し、世界で初めて新自由主義を国家指針に据えた英国首相マーガレット・サッチャーは、「社会などというものはもはや存在しない」と言い、アメリカではロナルド・レーガンが、停滞する経済を活性化させるため、成果を挙げればリターンが得られる累進課税の大幅軽減などレーガノミクスを推進した。その後今日まで、小さな政府や個人の時代が続いている。
理想論を言いたいのではなく、現実的にできることを議論したいと著者は述べているが、提案にはやや現実味が乏しいのではないかと感じた。ただ、当然物議を醸すことを予期し、対する反論と具体的な政策提案をいくつも立てているところは、ユニークな点ではないだろうか。
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