#4 多様性って何それおいしいの〈1話完結ストーリー〉
「ママは、ポテトチップスは何味が好き?」
長男のリクが、アユミに聞いた。
「うーん。うすしおだな」
「じゃ、ラーメンは、あっさり醤油とこってり豚骨とどっちが好き?」
「あっさり醬油だろ」
リクは、満足げに頷いた。
「やっぱりママは女だから、あっさりやさしい味が好きなんだね」
女だからではなく歳のせいだ、とアユミは思った。
でも、そう言うのもなんだか悔しい。結局、何も言わなかった。
「リクのやつ、けっこうそういう発言をするんだよな。ジェンダーバイアスばりばりな」
夜、ヒデキに向かってアユミはぼやいた。
「あと学童のスタッフの人をさ、あの人は若くてかわいいから好き、とか言うんだよ」
おぉ、とヒデキは目をみはった。
「今そんなこと、そうそう言えないな。子どもは自由だな」
家でできるだけ教えて行った方がいいな、ヒデキがつぶやくと、アユミは言った。
「教えられることは教えてるよ。男の子だから青で女の子だからピンク、とは限らないんだぞ、とか。あとリク『女子とはゲームの話ができない』とか言うからさ。とりあえず『女子は』って決めつけはよくないぞ、とか」
とはいっても、リクの周りに、ピンクを好むような男の子はいない。
大好きなポケモンゲームについて、リクと同じレベルで語り合える女の子もいない(リクは、ポケモン約1000種類を丸暗記している)。何よりアユミがゲームに疎いので、ゲームの話の相手は全くしてやれない。
実例がなく説得力に欠けることは、アユミも自覚している。
「まぁ、こんな片田舎の公立小学校じゃ、多様性なんて言われても限界あるよな」
ヒデキが言った。ここは外国人を見かけることすらほとんどない、田舎の町だ。
アユミは、あとさ、と切り出した。
「若くてかわいいから好き、にはなんて答えたらいいかわかんないよ。否定できないじゃん」
ヒデキは、それは……と口ごもった。
「俺がそうだと言うと別の意味を持ちそうだから、何も言えない」
「何の意味を持つんだよ」
アユミはヒデキをはたいた。
「ヒデさん、昔話してくれたことあったよな。海外の著名人なんかは、もし自分が差別意識を持っていても、理性でそれを隠して、リベラルに振る舞うんだって」
アユミが急に水を向けた。
そんなこと言ったっけ、とヒデキは言った。なかなか過激な言説だ。
「もう10数年前の話だよ」
アユミはこんな風に、昔の何気ない話を覚えていることがよくある。
当のヒデキは覚えていないようで、ふうん、と言った。「でも、昔何かでそんなの読んだかもな。多分マンガだ」
アユミは、大きく頷いた。ヒデキが何でも知っていることにはいつも驚くが、たいていマンガから得た知識なことには、さらに驚く。
「多分、これからはそうやっていくしかないんだろうなって。どんな好みがあろうと思想があろうと、理性で抑えていく。リクみたいな子どもにはどうやって教えていくか、考えものだけどさ」
アユミは言った。
ヒデキは、うーんとうなった。
そうやって、何年も前から多様性やリベラルを推し進めてきた海外では、今さまざまな反動が起きている。
日本は周回遅れだ。
とはいえ、昔には戻れない。
未来も子育ても、正解は誰にもわからない。
「この前のチョコ、食べちゃだめかな」
アユミは立ち上がって、ヒデキが会社でもらったバレンタインチョコを、ちゃっかり取り出してきた。
いいよ、とヒデキは笑って答えた。アユミは、いそいそとコーヒーを淹れはじめた。
おわり