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「女神の祝宴」・・・不思議な話。もし愛娘の異変に気が付いたら。


『女神の祝宴』  作・夢乃玉堂


「もう男なんて信用できない!」

娘のお迎えに向かう途中、
俺は聞き捨てならない叫び声を聞いた。

見ると、保育園にほど近い橋の上に
人だかりが出来ている。

「結婚詐欺にあったらしいよ」
「あそこから飛び降りたら命は無いね」

群衆が見守る橋の中ほどで、
髪の長い女性が欄干から身を乗り出して
川の中を覗き込んでいた。
かなり思いつめている様子で、
警官も下手に近寄れないでいる。

ところが、しばらくするとその女に、
トコトコトコって、
ピンクの保育服を着た子供が近寄って行ったんだ。

「ひーちゃん!」

それは、間違いなく娘の日菜多(ひなた)だった。
いつもなら園の入り口で待っているはずなのに
どうしてそんなところに。

「ひーちゃん! 危ないからこっちへ来なさい」

俺の声が聞こえないのか、
日菜多はこちらを振り向きもせずそのまま女のそばまで行った。

そして、欄干を掴んでいる女の手をさすり
一言二言何かを語り掛けた。

その途端、女は泣き崩れ橋の上に座り込んでしまった。

遠巻きに二人を見守っていた警官が駆け出して、
たまらず俺もすぐに駆け寄った。

「パパだ~」

「ひーちゃん。怪我は無いか?」

俺は日菜多を抱きしめた。
その横を婦人警官に両脇を支えられた女が通り過ぎた。
女と目が合うと、
日菜多はにっこり笑ってこう言ったんだ。

「叶わなかった恋ほど、純粋なのよ」


 * * *


「な~に言ってるの。日菜多はまだ四つなのよ。
そんな事あるわけないじゃない」

香織は流しで食器を洗いながら、俺の話を軽く受け流した。

「でも確かにそう言ったんだよ。
明日の誕生日で五つになるし、子供の成長は、
信じられないくらい早いって言うじゃないか、特に女の子は。
あの時のひーちゃんには、
女神とか魔法使いみたいな威厳と迫力があったね」

「親バカが過ぎて、幻でも見たんじゃないの。
早く飲んじゃってね。片付かないから」

全く取り合ってくれない妻に急かされ、
俺はひとり、ソファーでビールを飲み干した。


 * * *


しかし、日菜多の奇跡はそれだけで終わらなかった。

翌朝、いつものように保育園に送って行くと
入り口に、制服姿の警察官と園長先生、
そして作業服を着た見知らぬ老人が立っていた。

「ああ。丁度良かった。
実は、こちらの男性が、ウチの保育服を着た女の子に
助けられたと、おっしゃいまして
おそらく日菜多ちゃんのことじゃないかと・・・」

園長先生が言い終わる前に、
日菜多が老人を見つけて声をかけた。

「畑のおじしゃんだ。元気になった?」

「うん。元気になったよ。ありがとうね」

老人は、日菜多の小さな手を取って感謝の言葉を並べた。
俺は全く事情が呑み込めなかった。

「あのう、これはいったい?」

「あ、失礼いたしました。
私、この裏で農家を営んでいる者なのですが、
先週、手塩にかけて育ててきた収穫間際のリンゴを、
一つ残らず何者かに盗まれまして。
それで、生きていく気力を失っていたところに
こちらの園庭から、お嬢さんが声をかけてくれたんですよ。
『悔しがるのも今日まで、明日からは悔しさに勝つ方法を考えるのよ』
って、それを聞いて気持ちが楽になりましてね。
おかげで金策も上手くいって、本当に助かりました」

そして老人は日菜多の前に跪き、
深々と頭を下げ、感極まった顔で涙を流した。

「ありがとう。お嬢さんは命の恩人です。
あなたの為なら、何でもしますよ」

老人のお礼を聞き終えた日菜多は、天使のような笑顔を浮かべ、
園長先生にエスコートされて保育室に入っていった。

「なんだか大袈裟だな」

娘の後ろ姿を見送りながら、俺は奇妙な違和感を覚えた。


 * * *


その日の夕方、西に日が傾いた頃。
駅前の商店街でバーズデーケーキを買って日菜多を迎えにいった。

香織もあと少しで仕事が終わるというので
保育園で待ち合わせて親子三人で帰ることにした。

ケーキ屋で娘が誕生日なので、と伝えるとパティシエは、

「日菜多様にはお世話になってますから」

と言ってケーキ代を受け取ろうとしなかった。
それは困る、と無理やりお金を渡すと代金以上のおまけを押し付けてきた。

『仕方ない。おまけは保育園に寄付することにしよう』

お菓子の大きな袋を抱えて保育園に着くと、園は妙に静かだった。

「もう他の子たちは帰っちゃったのかな」

保育室の中を覗いてみると、
明るく可愛い装飾が施された保育室の真ん中に
大きなひじ掛け椅子が置かれ、
そこに乗せられた分厚い座布団の上に
日菜多がどっかりと座っていた。

回りでは大人たちが、うやうやしく娘の世話をしている。

園長先生が、黄色い小さな保育園のカバンを大事そうに抱え、
交通安全のマークが描かれた帽子の汚れを
警官が払い落としていた。

自殺未遂の女とリンゴ農家の老人が両側から手足をさすり、
選挙ポスターで見覚えのある市会議員が、後ろから肩をもんでいる。

娘は、大人たちに次々と微笑みを与えていった。

「みんなもひーちゃんを好きでしょ。
ひーちゃんも、みんながだ~いしゅき」

日菜多がひと言発するごとに、
大人たちは、ありがたそうに頭を下げる。

そこにあるのは確かにいつも通りの娘の笑顔なのだが、
見知らぬ魔性が感じられた。

一つ歳を取るだけで、こんなにも変わるものなのか?
いや。そんなはずはない、これは何か・・・
と考え直した時、
俺の背中越しに妻の声が飛んだ。

「ひーちゃん! 何をしているの?」

ちょうど到着した香織が、お構いなしに
どかどかと保育室に入っていった。

「申し訳ありません。日菜多様はただいまご託宣の最中です。
どなたであろうとご遠慮願いま・・・」

制止しようとした警官を、香織は指先一本で投げ飛ばした。
続いて腕を押さえようとする園長先生を睨みつけて動けなくし、
肩もみをやめて立ちふさがった市会議員は
空気投げの餌食になった。

「調子に乗るのは止めなさい! ママは許しませんよ」

香織は、ひじ掛け椅子から日菜多を持ち上げ、
小脇に抱え込んでペンペンとお尻を叩いた。

「え~ん。ママ、ごめんなさ~い」

保育室の中に、日菜多の大きな泣き声が響いた。

回りにいた大人たちは、一瞬で夢から覚めたように

「俺たちは、何でこんなことをしていたんだ?」

と呟きながら、三々五々散っていった。


こうして女神の祝宴は終わりを告げた。


 * * *


その夜遅く、寝室のベッドで眠る娘を挟んで俺と香織は横になった。
眠っている日菜多がかすかに笑みを浮かべた。

「この子、二十歳の誕生日には、
どんな大人になってるんでしょうね」

「きっと女神のような・・・いや、魔女のような、かな」

「そしたらあなた、どうする?」

日菜多を見つめたまま香織が尋ねてきた。

「そうだな・・・それでも俺は
楽しく誕生日を祝ってあげるかな」

香織は嬉しそうに微笑み、手を伸ばしてきた。
二人の手が、無邪気に眠る幼子の上で重なり合った。


          おわり


ラヂオつくばで放送されたものを、加筆改訂しました。





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