「翡翠の川」・・・宝を求める男の旅。旅先で見つけた物語。
『翡翠(ひすい)の川』
原石は優しく磨き上げてこそ真の輝きを放ちはじめる。
海岸のあまたある砂の中に、翡翠のかけらを見つけた男は、
川を遡れば、翡翠の山を見つけられる、と考えた。
しかし、川の上流にあるのは、切り立った崖ばかりの険しい山。
地元の猟師たちでさえ躊躇するという禁足の山であった。
「誰も入った事の無い崖のような山になら、
誰も見た事の無い翡翠の鉱脈がるに違いない」
そう言って大した道具も持たずに山に入ろうとするのを
友人たちは止めようとしたが、男は一切耳を貸さず、川を遡っていった。
「少しくらい苦労した方が、手に入れた時の喜びが大きい。
障害に挑戦しないという選択肢は俺には無いんだ。
強くあってこそ、生きる意味がある。勝算など考えた時点で負けだ」
男はそう思って生きてきた。それは、早世した父の教えでもあった。
猟師たちが踏みならした道を逸れ、けものみちに分け入った頃、
霧雨が山を包み、先行きも来た道さえも分からなくなってしまった。
「さあて、山の声を聞くとするか」
無謀な生き方をし、経験を積んできただけあって、男は冷静だった。
雨が肩を濡らす中、男は目を閉じ耳を澄まし、雨音の重なりを探った。
「目標は切り立った崖。
雨は崖の上に降ってこの地面にまでは落ちてこない。
だから雨音が重ならず薄い。
逆に崖の無い所では、どこまでも雨が降っている地面が続くから
地面に落ちる雨音がより重なって聞こえるはずだ」
翡翠への執念は、そんな些細な音の違いさえ、聞き分けた。
男は、崖があると読んだ方向へ足を向けた。
濡れた着物は体温を奪い、絡みつく草や木の根が体力を奪っていったが、
男が足を止めることはなかった。
たがて、男の目の前に、敢然と立ちはだかる絶壁が現れた。
頂上も左右ひろがる崖の終わりも、霧の中に消え入って見えなかった。
男は、降りしきる雨に堪え絶壁を見つめた。
崖の中ほどに岩の裂け目があり、その裂け目の内側に
淡い緑の輝きがあった。
男は、歓喜して絶壁に取り付いた。
雨に濡れた岩は滑りやすく、人の手を拒んでいるようにも思えた。
だが、それでも男は強気だった。
小さな取っ掛かりを見つけながら崖にしがみつき、
少しずつ上に登って行った。
ようやく、当たりを付けていた岩の裂け目まで登りきると
そこには、淡い緑色をした岩が裂け目に沿って奥まで続いていた。
「やった。やったぞ」
男は万感の思いを込めて石にノミをふるった。
しかし、疲れ果てた男の腕では、
その石を砕くことは出来ず、ノミをはじき返した。
その拍子に、濡れた岩にどうにかすがりついていた男の足が滑って離れた。
滑り落ちる体を止めるため、岩肌を掴もうとしたが、
険しい崖を登るために奪われた腕の力では、どうしようもなかった。
崖に弾かれた男の体は、雨水が集まって流れる小さな沢まで転げ落ちた。
幾度も岩と木にぶつかり、意識がもうろうとする男の眼に
渓流の流れの中に煌めく緑の岩が映った。
それは柔らかなせせらぎが磨き上げた、美しい翡翠であった。
「頑なに岩を攻めることは無かった。
柔らかな水の流れが磨いてくれた翡翠を探していれば良かったのだ」
男は薄れゆく意識の中で、改めて敗北を知った。
その後、翡翠の存在が明らかになるのは、
男の消息も忘れ去られた数十年後のことであった。
頑なな思いは、さらに頑なな生き方を選ばせるが、
大いなる自然の前では、時に脆くもある。
強くあるだけでは虚しく、優しく磨き上げる心が必要なのである。
おわり
翡翠は硬度としては柔らかい方に属しますが、構造的に崩れにくく、
硬い刃物で削るよりも、比較的柔らかい刃物の方が、削りやすいと言われています。
新潟県最西端にある糸魚川市のヒスイ海岸周辺では、かつては翡翠の原石が
多数存在したが、今では、簡単には見つけにくくなっているそうです。
それでも時間をかければ数個の原石を見つけることもあるということなので、時間があれば海岸で、宝探しのロマンを味わってみるのも良いかもしれません。
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