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「結願の前に」・・・旅先で見つけた物語。足を止めた妻の思いは。


『結願を前に』

渋々のお遍路旅であった。

会社を定年退職し、やることも無く家にいるだけで、
ふさぎ気味になっていた夫を、妻が強引に誘い出したのだ。

目論見は成功し、見知らぬ土地を歩くうちに、夫は元気を取り戻し、
徐々に軽快に歩くようになっていった。

ところが、夫婦で先へ進める喜びを感じていたはずなのに、
八十六番札所の志度寺の門を出てから、妻の足取りが急に重くなり、
どうした訳か、中々先に進まなくなってしまった。

八十七番札所の長尾寺を出る頃には、
妻は、四つ辻のお地蔵様に手を合わせたり、道端の花を摘んでみたり、
何かとつまらない理由をつけて足を止めるようになった。

夫は、八十八番目、結願(けちがん)の寺を目前にして
まるで駄々をこねる子供のような妻の行動にいらだちを思えた。

「そんなものは放って置いて先を急ごう」

と声を掛けようとした時、妻の目から涙がこぼれるのを見た。

その瞬間、夫は妻の気持ちが届いたように思えた。

「旅を終えるのがもったいない」

そうだ、そうに違いない。妻は旅の終わりを惜しんでいたのだ。

夫は、急に花を愛でている妻がいとおしく思えてきた。

結願の寺、大窪寺の門前にたどり着いた時、
夫は妻と共に道端に腰を下ろし、
じっくりと時間を掛けてから門をくぐった。

その時、この上ない達成感が、二人を包んだ。

人生に必要なのは、「あと一歩」を共に楽しむ余裕なのかもしれない。

                   おわり


結願(けちがん)とは、四国の霊場八十八カ所を廻りきることで、多くの人は結願の寺となる、大窪寺にお参りする時にこの上ない充実した気分になるそうです。

お遍路さんは、今では引退後の記念旅行として人気を集めています。

本格的なお遍路さんの衣装に身を包み、歩いて四国を一周するご夫婦なども
多く、そんな昔ながらの姿で歩く様子が、旅の風情を生み出しています。


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夢乃玉堂
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