見出し画像

スクエアの角が丸くなるまで

人差し指のきらめきに目に入るたびに、(自分が、買ったのか……)と半ば信じられないような心地がする。フランスのジュエリーメーカー、ブシュロンの、クルドパリという指輪です。

いわゆるハイジュエリーとは全く無縁の生活で。庶民がこんな、下手したら結婚指輪よりも高い(!)指輪を、買ってもいいのだろうかとさんざん悩んだ。予約前夜は目が冴えて寝付けず、この金額を出すならもっと必要なものがあるのでは?そもそも貯金すべきでは?この一歩を踏み出したら歯止めが効かなくなるのでは?と自問自答を重ね、「ハイジュエリー 身の丈」「ハイジュエリー 分不相応」「買い物依存症 きっかけ」などと検索しまくる始末。

それでも諦めきれなかったのは、今日までの社会人生活を、紛れもなく頑張ったよ!という証が欲しかったからだった。

12月、昇進した。社会人つらい〜〜辞めたい〜〜理不尽〜〜などと常に弱音を吐きながら、時にはお薬に頼りながら、ちょこちょこ転職活動すらしながら働くこと6年。なぜに私が?と俄然驚きのほうが勝るけれども、役職が上がった。評価してもらったんかなあ。ありがたいことであるなあ。いつも助けてもらってばかりの後輩たち、今後は自分がしっかり見てあげられるようになりたい、メンタル面のケアも含めて。いつまでこの会社にいられるか、果たして続くのか、先のことは全くもってわからんけれども。でも、苦しいなあと思いながらもここまで続けて、わたし偉かったよ。至らないところだったり、記憶の彼方へ忘却したいミスもトラブルも多々あるけれども、この6年間、頑張った!と、胸を張ってそう言える。

だからこそ、「買っちゃおうかな〜」と後先考えずに購入できるファッションリングでなくて、生半可な覚悟では購入に踏み切れないハイジュエリーが欲しかった。そして、それを自分で買いたかった。

この指輪は、自分で稼いだお金で買うことに意味がある。

肌身離さず身につけて、ふとした瞬間に愛でられるような、地金の指輪が欲しい。光を浴びるとキラキラ光って、傷が目立たないデザインなら尚良い。

公式サイトやブログ、インスタにTwitterを何周もして絞った候補は、ショーメのビーマイラブ、ヴァンクリーフアーペルのペルレ、ブシュロンのクルドパリ。中でもダイヤ付きビーマイラブのきらめきにやられて、がくんと気持ちが傾いたけれども、予算との兼ね合いで後ろ髪引かれつつ見送った。


ショーメ ビーマイラブ


ヴァンクリーフアーペル ペルレ


一方でブシュロンのクルドパリは、石がついていないにもかかわらず、カッティングの効果でエタニティリングのようにきらきら光る。つけてみたい、という気持ちが日に日に膨らんでいく。仕事中ふと目に入る指輪がきらめいていたら、どんなにか気持ちが和むだろう。


ブシュロン クルドパリ(ピンクゴールド)


そして去る日曜日、新宿伊勢丹のブシュロンへひとり乗り込んだ。

そもそも4階のハイブランドフロアに降り立つこと自体初めてだった。場違いでは?と恐縮し、冷や汗すら出てきた。けれども店員さんはスマートに、鍵のかかったショーケースから指輪をいくつも取り出し、時間をかけて試着させてくれた。

まずは、イエローゴールドのクルドパリを。地金なのにキラッキラする!ひゃー!これが18金!と心の中で悲鳴が上がる。「そちらの鏡もごらんください」と言われ、壁に取り付けられた鏡を遠目に見遣ると、「✨」の絵文字が手の上で飛び交っていた。輝いている。発光してるんじゃないかと疑うくらいに。

「こちらもぜひ」と差し出されたダイヤのエタニティを重ねると、それはもう上品にきらめいて、ため息が出た。欲しい。予算的に買えないけれど、欲しい。ああ自由に遣える100万円があったらなあ。毎月ボーナスが振り込まれるんだったらなあ。躊躇なくこのふたつをお迎えするのに。

指を何度も動かして、その度に瞬く輝きをうっとり眺めながら、いつか絶対買おう、と思う。これが買えるようになるまで働こう。頑張ってお金を稼ごう。

本命だったピンクゴールドは肌の色に馴染むせいか、ときめきが薄れてしまった。イエローゴールドがキラッキラなら、ピンクゴールドはキラ…キラ…というかんじ(あくまでも私の肌色と指では、です)。手元を見たり鏡に映したり、付け替えたりを繰り返すうちに、私が求めているのは力強いキラキラだと確信が持てた。細身だけれど、しっかり存在感がある。イエローゴールドに心を決める。試着って大事だなあと実感する。


スモールを購入しました


あっさりとお買い上げが終わり(もっと契約手続きみたいな手順を踏むのかと思っていた)、心地よい疲れに包まれながら、お店を後にした。

その日から、指輪は私の指で絶え間なくキラキラ輝いている。均等で精緻なカッティングを眺めるたびに、完璧とはこういうことか……と感嘆する。一方で、スクエアの並びが板チョコのようで愛らしいとも思う。指輪の内側にはシリアルナンバーの刻印。それがまた、(私の指輪!)と唯一無二なかんじがして良い。

そして、自分で買ったのだということが、何よりも嬉しい。買えるようになったことが嬉しい。自分の不出来を恥じた日も、後悔した日もお風呂で泣いた日も布団から起き上がれなくなった日もぜんぶ、丸ごと肯定されているような、そんな錯覚を覚えるのだった。

これまでの日々は決して無駄じゃない(必要だった、ではない。できればあんな思いはしたくなかったから。笑)。これをはめている今経験していることも、きっと無駄じゃない。

働き続ける限り、この指輪をはめていよう。そしていつか、ダイヤのエタニティを加えよう。スクエアの角が丸くなるまで、ともに年月を重ねていけたらいい。


いいなと思ったら応援しよう!