『着脱式』 1196字
ある朝
目覚まし時計を止めようと、ボタンを押したが鳴り止まない。
(壊れた?)
僕はすぐに「異変」に気が付いた。
(指が……無い!?)
が、痛みや流血などは無く、断面は滑らかだ。
目の端が何か動くものを捉えた。
指だ!
それは布団の上で、楽しげにジャンプしているではないか。
(おいおい、嘘だろ……)
「おい指、戻ってこい!今から出勤なんだ」
すると、指はピョーンと、あるべき場所に戻ってきた。
その後も異変は続き……
今や全ての指が外れて、勝手に動き回るようになっていた。
ある時はギターを演奏したり、(しかも『本体』より上手いとは、どういう事だ)
酷い時には、夜中に運動会を始める始末。
「おい、お前達いい加減しろ。次にこんな事をしたら、『ガムテぐるぐる巻きの刑』だからな」僕は指達を調教した。
特に薬指は時折「脱走」するので、厳しく躾けねばならなかった。
だが今朝、とうとう恐れていた事が起きてしまった。
事もあろうに、通勤電車の中で薬指が脱走したのだ。
しかも、目の前に立っている女性の、ショルダーバッグの上で踊っているではないか。
(マズイ。気付かれない内に何とかせねば……)
幸い他の乗客にも気付かれてはいない。
が、いつものように叱りつけて呼び戻す事も出来ないし、女性のバッグに手を伸ばそうものなら、下手すりゃ痴漢だと思われてしまう。
そうこうする内に電車は会社のある終点に到着し、その女性も下車した。
女性の後を付けると、僕の会社が有るビルに入って行くではないか。
僕がエヘンと咳払いすると、薬指は瞬時に定位置に戻った。
(ラッキー!)
だが、振り向いた女性と目が合ってしまった。
美人ではないが感じの良い女性だ。
「あの、何か?」
「あ、すみません。ちょっと咽せてしまって」
僕は彼女の襟の社章を見逃さなかった。
なんと同じ会社ではないか。
「初めまして。僕は営業部のYといいます」
「初めまして。私は総務課のSです」
僕らは互いに名刺を差し出して、吹き出した。
こうして僕らは付き合うようになったのだが、問題は「指」だった。
一緒に生活するようになれば、きっとバレてしまうだろう。
悶々とするうちに、ある日彼女が真顔で「折り入って聞きたい事があるの」と言ってきた。
「貴方の指、時々外れない?」
ああ……化物だと嫌われて別れを切り出されてしまうのか……。
僕は観念した。
が、それに続く彼女の言葉は意外なものだった。
「実は、私もなの」
「ええ!?」
彼女の薬指がポンと外れて、僕の薬指とイチャつき始めた。
「貴方と付き合い始めてからコウなって、最初は凄く驚いたけど、なんかコレも運命かなって」
屈託なく笑う彼女を抱きしめて、僕は叫んだ。
「今すぐ結婚しよう!いや、して下さい!」
「喜んで!」
数年後、
僕らは6つ子の親になった。
そして、子供達の指も時々外れるのだった。
「そのうち家族で『指サーカス団』か『指オーケストラ』でも結成しようか?」
「良いわねぇ」
僕らは笑い合った。
了《1,196文字》
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初めて応募させて頂きます。
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